第21話
柊が開けた扉の先には、やはり巨大なスライムの塊があった。扉が閉まると同時にスライムが身じろぎし、ヒト型に収束し始める。柊は背後の茜に一瞬だけ視線をやり、短刀を構えた。
スライムだった何かは濃紺に染まっていく。腕が伸び、頭ができる。だが今までと違うのは、明らかに鎧を着こんだ姿だったことだ。
「オーガ
柊は思わず呟いた。ロードとは君主であり、武士は仕える側の武人だ。もっともモンスターにとっては些細なことなのかもしれない。
柊の前に姿を現したのは、兜の額部分から巨大な一本角を伸ばし、当世具足と呼ばれる蒼い全身鎧で、柊程の長さの大太刀を肩に担いだ、見上げるほどの武者だった。
肌の青さからオーガで間違いはないが、奥多摩で見たオーガロードとは何から何まで違っている。
「まさか、
柊は油断なく観察し、呪文を唱える。
「
オーガロード メジャーダイミョウ
HP 1600
ST 900
IQ 150
PI 100
VT 400
AG 400
LK 7
柊を超える㏋と倍以上のとST。正しくモンスターだった。
「やばすぎるだろこいつ!」
『ぬん!』
オーガロードが大太刀を無造作に振ると、刃筋から黒い三日月が放たれた。三日月は迷宮の壁に当たり金属音と深い溝を作り出した。壁の破片がパラパラと床に落ちる。
あれに当たったら一発で死にそうだ。柊の背には冷たい汗が流れた。
『……
柊の耳に腹の底が震えるような冷たい声が入る。オークロードに続きオーガロードも言葉を操った。
こいつは今までのとはレベルが違うと柊の本能が警告を発している。
だが、柊の体は反対に熱く滾っていた。恐怖を感じつつも興奮が塗り替えていく。脳内に快楽物質が満ちていく。短刀を強く握る柊は、薄い笑みを浮かべていた。
力は強いが素早さでは圧倒してる。IQの差も大きい。
柊は、茜からのアドバイス通りヒットアンドアウェイを基本とした。
『いざ尋常に参る』
オーガロードが大太刀を袈裟懸けに斬ると黒い三日月が柊に飛ぶ。柊はそれを右に軽くステップして避ける。斬撃は潜ってきた扉のすぐそばに当たり壁を大きく抉った。
それを見た柊は一気に距離を詰めた。間合いが遠いと飛ぶ斬撃に狙われるだけだ。
『
オーガロードが呪文を唱えた。正面にいたはずのオーガロードが消えた。
「消えた!?って後ろか!」
背後に殺気を感じた柊は左に飛び込んだ。柊の足を斬撃がかすり足首から血が噴き出す。
「クソッ!
転がりながら呪文を唱え傷を癒した。極度の興奮状態で痛みは感じない。
「
呪詛を吐きながらも柊は立ち上がり短刀を構える。これくらいでは熱く滾った闘志は消えない。
オーガロードは上段に構え、柊が立ち上がるのを待っていた。
『遅いぞ!』
「
柊はバックステップで距離を取り呪文を唱える。接近戦は逆に危険だった。
「くらえ
凍てつくブリザードがオーガロードを包み、周囲は白で覆われた。
『むぐおぉぉぉぉ!』
呪文が効いているのを確認したが嫌な予感がした柊は右に駆けた。
『なんのこれしき!』
ブリザードから斬撃が飛び出し、数秒前まで柊がいた場所を通り抜け迷宮の壁を穿つ。
「こっわ! 呪文は有効だけどあれが厄介だ。近づけない。念のため
無駄かもしれないと思いつつもが柊は防御を固めた。斬撃を食らっても意識があれば回復呪文が使える。
『ぬぅ、小癪なり!』
「斬撃を飛ばすほうが小癪だって!」
『ぬかせ、
オーガロードが唱えた呪文で凍り付いた体が元に戻った。オーガロードは首を鳴らして不敵な笑みを浮かべている。
「
『愚かなり!』
「呪文がうるさいなら
柊が
「これで回復はできなくなったって、あぶな!」
とっさに避けた柊の首元を斬撃がかすっていく。首から血が一筋流れ、パーカーに染み込んでいった。
オーガロードは声無き大笑いをしている。柊の額に青筋が浮かんだ。
「
柊は呪文を唱えオーガロードから距離をとる。呪文を封じているうちに倒さなければならないがまともに斬りあうのは危険だ。
柊は剣術など習ったことはない素人。呪文で倒すのが正攻法だが高い㏋で耐えられてしまうかもしれない。やはり確実に倒すには短刀での致命傷が必要だ。
呪文で凍り付くオーガロードだが強引に右手の大太刀で斬撃を飛ばし、柊に突撃してきた。
これで行くしかない。
「
柊は最後の
かかったと柊はほくそ笑む。
「
呪文を唱えつつ柊はオーガロードに走った。ブリザードが無くなった瞬間、柊の目前にはオーガロードが背を向けて麻痺していた。
柊は勢いのまま短刀でオーガロードの首筋を斬った。吹き出す青い血。驚愕の顔を向けるオーガロード。
オーガロードの首に短刀を突き刺し、柊は呪文を唱えた。
「
オーガロードは喉を抑えながら膝をついた。苦悶の表情で柊を睨む。
『な、なんの、これ、しき……』
オーガロードは意識を失いつつも柊に大太刀を振るう。油断はしていなかったもののオーガロードの太刀筋が見えていなかった柊は袈裟懸けに斬られた。右肩から左脇にかけて血しぶきが上がる。
「クソッ、斬られた……」
ガクと崩れ落ちる柊だが意識はまだある。
「くた、ばれ……
止めとばかりの
『くかかかか! み、ごと、だ……』
床に伏したオーガロードがスライムに戻り、床に吸収される。柊は
「……さすがに死ぬかと思った」
むくりと起き上がった柊だが、またも服がボロボロだ。皮の胸当てなどすでに砕けていて、もはや意味をなしていない。特殊なボスの攻撃で砕けてしまうならなくてもよいかもしれないと柊は思った。
「あ、核を拾わないと」
オーガロードがいた場所に転がっている赤い核を拾い上げ、柊は次の扉に目を向けた。
【フラック 6/10】
ようやく半分まできた。
「この段階で
柊は寒気を感じつつ、茜が待つ扉へと戻った。扉の向こうには左目を潤ませた茜が待っていた。
「ぶ、無事か? 生きてるか? すげえ音がして壁が軋んでたんだ! ってまた服がボロボロじゃねえか!」
柊は、次は着替えを持ってくるべきだと心に決めた。毎回好きな人が狼狽えるのを見るのは忍びない。
「相手はオーガロードでしたけど、斬撃を飛ばしてきました。その斬撃が壁を抉ってましたから」
「はぁ? 斬撃ぃ?」
「
「はぁ? 転移に全回復ぅ?」
茜は顔中に疑問符を浮かべている。
理解できない茜の隙をついて柊はまたしても唇を奪う。
「ご褒美がまだでしたので」
涼しい顔の柊に茜の頬が赤くなっていく。あぁ、人の表情っておもしろいな、なんて考えている柊に茜のビンタが飛ぶ。
「ムード! ムードだって言ってんだろうがぁ! あ、顎クイとか壁ドンとかだなぁ、こう、乙女心をくすぐるようなムードなんだよ!」
赤くなってあれこれ抗議する様がとても可愛いので、ご要望通りに下顎に指を差し入れれば茜は口を開けたまま動かなくなってしまった。
こんな茜さんは俺だけが見てればいいな、うん。
柊はもう一度口づけをした。
ちなみにこれも録画されていたので後で確認した茜が無言で編集削除した。
職業 スライムイーター
レベル --
HP 2120(+800)
ST 856(+450)
IQ 700(+150)
PI 600(+100)
VT 547(+200)
AG 1090(+420)
LK 20
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