第20話

 都内某所のタワーマンション最上階にある甲賀和弘の部屋。甲賀は座り心地がよさそうなソファーにだらしなく寄りかかってる。20畳ほどのリビングの壁に設置された65インチのモニターには柊の顔が映し出されていた。スライムイーターである柊が迷宮ギルド公認で初めてのリアルタイム配信をしているのだ。

 服は相変わらずの黒いパーカーだが清潔感を優先した髪型で印象を柔らかくした柊は緊張を隠せないものの、好青年に見える。


『それで、魔法使い型のオークロードを倒しまして。今のステータスはですね』


 柊はゆっくり聞き取りやすいように話しつつステータスが書かれたカードを見せた。カメラが近寄り画面いっぱいに映し出される。


職業 スライムイーター

レベル --

HP 1320

ST 396

IQ 550

PI 500

VT 347

AG 670

LK 20


〈カーズの暴露時よりもすげー強い〉

〈化け物杉て草〉

〈合成ジャネーノ?〉

〈オーガロードを瞬殺も理解できるなコレ〉

〈LUKが20とかおかしくね?〉

〈そもそもイーターってのがおかしいからな〉

〈ぜひフラックを!〉


 画面の中の柊の背後にコメントが流れていくが、好意的なものもある。


『それでですね……え、巻けって? あ、茜さんの頭が映っちゃってます!』

『茜パイセン、カンペ捨てて下がるし!』

『マジかよ!』


〈姉御w〉

〈カンペw〉

〈配信初心者丸だしw〉

〈アットホームでなごむw〉

〈里奈さんはカメラ担当かw〉

〈姉御が元気そうでよかった〉

〈イーター俺とかわれぇぇ〉


 茜からの指示が飛んだのだろうが配信をしたことなどないスライム迷宮ギルドの面々は事故を起こしていた。が、3人とも配信初心者ということと茜の眼帯の紐がある後頭部が画面に映ったために和やかな感じだ。


〈最近カーズの暴露って外れてね?〉

〈てか、ギルドに先手を打たれてるな〉

〈イーターが情報を配信したら誰も勝てねーよw〉

〈他の迷宮ギルドも配信しねーかなー〉

〈名古屋迷宮ギルドの職員はデラべっぴんだがや!〉

〈秋田迷宮も美人揃いだぞ?〉


 甲賀は配信の背後に流れるコメント群を見てほぞをかんだ。情報は鮮度が命だ。すでに表に出てしまった情報の価値は暴落する。いまカーズが持っている柊のステータスはワーウルフを倒した時のものだった。それ以降の情報は遮断されていた。


「クソッ!」


 甲賀はソファにあったクッションをモニターに投げつけた。機嫌が悪いのは情報が遅かったからではない。それによってちやほやされない上に暴露系としての評判をとしたからだ。

 配信者は、ほぼ全員と言っていいだろう承認欲求の塊だ。認知され話題にされることで満足できる人種だ。

 電子機器の未発達だった昭和平成ならテレビに出る芸能人だけがそれを満たしていたろうが今は個人で世界に配信可能だ。誰でもできるようになった反面、敵も多い。甲賀はそれを弱みを握った脅しによって蹴散らしてきた。金儲けはそのついででもある。


アイツ里奈を脅して抜くしかねえか」


 甲賀は親指の爪を噛んだ。イラついた時の癖だ。

 甲賀の家は恵まれていた。父親は迷宮に持ち込める携帯食の開発に成功した企業の取締役だ。世界に迷宮が点在するため輸出でかなりの利益を上げており、甲賀のスポンサーのひとつでもある。

 海外に津手ができるとその土地のマフィアとも繋がりができる。そのため甲賀も裏社会との接点を持つことができた。甲賀の暴露情報はその筋から得ていたのだ。


『えっと、近いうちにですけど、奥多摩の6階を攻略します』

『するぜ!』


 モニターの中の柊が恥ずかしそうにそんなことを告げた瞬間、右目に眼帯をしたプリン頭の茜が映りこみセリフと共にサムズアップをした。背後に流れる祭りのようなコメントが画面を覆いつくす。


〈ギルド公式宣言キター〉

〈生意気ー〉

〈姉御w〉

〈さらっと言ったなこいつ〉

〈フラックだっけ?〉

〈姉御のおっぱい!〉

〈そうそれ〉

〈里奈さんは出てこねーの?〉

〈あのステなら勝ちそうだな〉

〈おおおお!〉

〈マジなら世界に追いつく〉

〈中継とかねーかな〉


 甲賀は憎々しげに舌打ちをした。茜が配信に出てくるあたり本気なのだろう。早急に手を打たねばならない。


「お話し合いをするにも準備がいるな」


 甲賀は画面を食い入るように見ていたがスマホを取り出し、通話を始めた。10コールほどでようやく相手が出た。


「Иван,Это я, это Коуга《イヴァン、俺だ、甲賀だ》」

Чтоなんの用だ

「Хотели бы вы приехать в Японию《日本に来ないか》?」

「бесполезность《用事はない》」

「Молодая женщина может его держать《若い女が抱けるぞ》」

「В России их много《ロシアにも腐るほどいる》」

「Вот и все для приветствий《挨拶はここまでだ》」


 甲賀は数秒沈黙した。


「хищник,Знаете ли вы?《イーターを知ってるだろ?》」

「Иисус《あぁ》」

「Скоро,Победить Flak《近日中にフラックを倒す》」

「Что это?《なんだと?》」

Япония наверстает упущенное《日本が追いつくぞ》」

「Нахально догонять Россиюе《我が大ロシアに追いつくのは厚かましい》」


 甲賀はにやりと笑った。引っかかったのだ。


「Даже белый медведь не смог бы победить его《北極熊と言われるお前でも倒せないだろうな》」

「Хватит оскорблять《馬鹿言うな》、лёгкий《容易いことだ》」

「Приезжайте в Японию《そういうなら来てみろ》」

「Приготовиться《用意しておけ》」

「Ожидание на привычном месте《いつもの場所にいる》」


 甲賀は通話を終えスマホを放り投げた。

 公開していないがロシアが誇る北極熊と呼ばれる探索者が6階を踏破していた。ボス部屋までのサポート付ではあるが、単身撃破だ。甲賀が最後に連絡を取ったときのレベルは3桁に突入していた。


「イヴァンにくれてやるは、薬で堕とした女を5人用意すれば足りるだろ」


 甲賀はほくそ笑んだ。


 柊が初配信した2日後、フラックに挑む日程が発表された。ちょうど1週間後に奥多摩に出向きフラックを撃破すると。

 甲賀は迷宮省にいる協力者から、その詳細な情報を掴んでいた。


「イーターと魔女が奥多摩に行くが立川迷宮はいつものふたりしかいない。バカだろアイツら」


 上機嫌なった甲賀はキッチンに行き冷蔵庫からワインボトルを取り出しそのまま飲み始めた。


 翌日早朝。配信後の疲れも見せず、柊はスライム迷宮のギルドカウンターを出ようとしていた。黒いパーカーに皮の胸当て。腰には2本の短刀。柊の迷宮スタイルだ。


「本当にオーガロードとやり戦いに行くのか?」


 茜が後に続く。


「フラック前にステータスを上げておきたいんです」

「今でも楽勝だと思うけどな」

「念のため、です」


 柊は会話しつつも持って行くアイテムに確認をする。いつもの薬と毒消しなどだ。


「こっちは里奈さんにお任せー。犬猿雉っちもいるし」


 カウンター内には里奈がいる。頼りにされている桃太郎ズはノートに「('◇')ゞ」と描いた。


「じゃあ行ってきます」

「迷宮でさかっちゃだめだかんねー。声は響くからねー」

「やらねーよ!」


 里奈と茜の掛け合いを背に、柊は迷宮の階段を降りる。何度も通った通路をひた歩く。


「オーガロードはどんなモンスターなんだろうな」

「奥多摩で見た時は力でごり押しな感じでしたけど。それなら多少楽にはなりますが」

「おー、柊少年も言うようになったなぁ」


 茶化されてもそれが茜のためだとは言わない柊は軽い足取りでボス部屋への扉の前に来た。

 扉の上には【オーガロード 5/10】と書かれている。


「これでやっと折り返しなんですね」

「全部で10だったらな」

「そう願いたいです。じゃあ行ってきます」


 柊が一歩を踏み出そうとしたとき、茜にパーカーの袖を掴まれた。何事?と振り返る柊は、


「絶対に帰って来いよ」


 茜の唇が柊の頬に触れる。ゆっくり離れる茜の顔は真顔だった。


「もちろんです」


 柊はヘッドカメラを起動し、短刀を両手に持ち、扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る