第13話

「はいこんにちは! 暴露系動画配信者のカーズと申します! 今日はですね、あのスライムイーターの続報です! 今日も赤裸々に暴露しちゃおうかと思います!」


 柊がワーウルフに勝ったその夜。静まったスライム迷宮ギルド内で、柊、茜、安口の3人が特別予算で購入した比較的大き目なモニターに映し出されるカーズの暴露配信を眺めている。

 里奈はカーズを心底嫌っているようで、自室に閉じこもっている。それについて茜と安口は何も言わないのを、柊は不思議に感じていたがそれを口にはしなかった。

 人には事情がある。柊自身にも、どうにもならない事情があるのだ。


「なんと、スライムイーターの最新のステータスをゲットしちゃったんです!」


 モニターの中のカーズは大げさに振る舞う。


「それは、これです!」


 画面が変わり、ステータスが現れる。


HP 550(+280)

ST 151(+85)66

IQ 100(+30)

PI 100(+30)

VT 147(+80)

AG 180(+80)

LK 20


マハリト大炎7/7

ディアル中回復7/7

ラテュマピック識別7/7

ダルト冷気3/3

ポーフィック障壁3/3

マニフォ麻痺3/3


 カーズはコボルトキングを倒した時のステータスと言っているが、柊は首を傾げた。


「これ、ちょっと間違ってますよね」


 具体的にはHP、IQ、PIが足りないのだ。柊は、すでにワーウルフを倒した後のステータスになっているカードを見た。だが数値は覚えている。今までの努力が報われたようで嬉しかったからだ。


「なるほど、そのルートか」


 安口が忌々しい口調で吐き捨てた。口元をゆがませ、不快感を隠していない。


「アイツのことだから個人情報を人質にでもしてるはず、里奈みたいに」


 引き取った茜も毒づいている。ここまで不快感を表すのは、柊が馬鹿にされた時くらいだった。


「里奈さんに何かあったんですか?」


 柊は素直に疑問をぶつけた。個人情報を人質にと聞けば只ならぬことと思う。

 だが茜は顔を渋くした。


「いま言ったことは忘れてくれ」


 それ以上は立ち入るな、とそう言われてしまった。

 そういえば、と柊は思い出した。

 里奈がどうしてこのギルドにいるのかと。


「やー、茜パイセンにスカウトされちゃってさー、人気者は大変だし」


 過去に柊が聞いた時の答えだ。

 普段の里奈のように明るい表情だったが、茜の発言からするとその裏に隠されたものが垣間見える気がして柊の腹に黒く重いものが染み出てくる。拒絶しているカーズが絡んでいるのか、と。


「柊君の新しいステータスの本部に報告するのは明後日にする」

「師匠、それでいいのか?」


 安口に決定に茜は異を唱えた。おそらく報告が遅れたことで安口に何らかの沙汰が下る可能性を考えてのことだ。


「ちょっと考えがあってな。柊君、明日は私とデートしよう」


 安口の発言に茜が「師匠!?」と声を裏返す。


「なーに、ちょっと奥多摩迷宮をとしゃれこむだけさ」


 パチっとウィンクする安口に、柊は何も言えずにいた。

 ここにしかいられない自分が他の迷宮に行って何になるのか。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 翌朝、日の出前に安口の運転する車でスライム迷宮を出発した柊は奥多摩迷宮に向かっていた。朝早いというのに安口はパンツスーツで化粧もばっちりだった。いつもラフな恰好の茜と里奈しか見ていない柊にとってとても新鮮で大人に見えた。

 奥多摩迷宮は奥多摩湖畔にできた迷宮で、現在4階まで踏破されている。山奥にあり交通の便も悪いことから訪れる探索者も少なく、閑散としている迷宮のひとつだった。スライム迷宮のある立川からの距離を勘案した安口が選んだ迷宮だ。


「奥多摩迷宮。このガイドブックによると、ピースウェーブてパーティがトップ探索者なんですね」


 助手席の柊が雑誌を読みながら感心したようつぶやいた。迷宮は大切な産業であり、探索者を目指す若者を増やすために国営の雑誌が発行されている。その名も【月間迷宮ラビリンス】だ。


「ダンジョンじゃないあたり、何かあるんですかね」

「いや、なんとなくかっこいい言い方だからだそうだ」

「けっこういい加減なんですね、国も」

「すべてが規則で縛られているわけじゃないからな」


 そんなことを話しているうちに奥多摩迷宮のギルド職員用の駐車場に着く。まだあたりは薄暗く、明けの明星も見えた。今日は晴れるらしい。


「あたりに不審者は、いないな」


 柊は悪い意味で有名だ。スライムイーターとして、不可思議な現象の渦中の人物で、国家の機密の塊で、命が狙われてもおかしくない人物だ。


「さっさとギルドに入るぞ少年」

「茜さんの真似をしなくても指示には従いますよ?」

「なんだかわいくないな。不詳の弟子にチクるぞ?」


 柊は頭を軽く小突かれた。

 車からギルド職員用入り口(通称裏口)まで歩いて数歩だ。朝日から逃げるように柊と安口は裏口に滑り込んだ。

 木造の廊下を歩き、鉄の扉の前に来た。ここから先がギルド内部であり迷宮扱いとなる。

 ここをくぐった後の自分のステータスはどうなのだろう。

 9割の諦めと1割の希望を抱えて柊は扉を見ている。


「さて行くぞ、柊君」


 安口はさっさと扉を開けて中に入っていた。ギルド内は静まり返っていた。テーブルなどが置かれている休憩ブースはもちろんカウンターにも人影なく、ただ明かりだけが寂しく灯されていた。

 ギルドは24時間営業だが夜明け前だと人がいないことはほとんどだ。迷宮内のトラブルで帰還が大幅に遅れたパーティくらいしかいない時間だ。


「アポ無しでくればこんなもんか」


 無人のカウンターを見た安口がため息をつく。


「安口さんてやっかいな上司なんですね」

「柊少年。今この場でその口を私の唇で塞いでも良いんだぞ?」


 安口が両手を柊の肩に乗せた。柊は慌てて両手で口を塞ぐと、安口がチッと舌打ちする。


「さて冗談はここまでにして、カードの御開帳と行こうじゃないか」


 軽口をたたくように開き直る安口に、柊は左手で口をガードしながら腰のポーチからカードを取り出した。

 なんだよ、そこまで茜Loveかよとぼやく安口と一緒にカードを見る。そこに表記されているのは、ワーウルフを倒した後のステータスだった。

 柊は驚きで声も出せないでいる。


「おお、私の予想通りだ!」


 はっはっはと高笑いしながら手をたたく安口。


「うんうん、これは面白いことになってきたぞ」


 腕を組んでニヤニヤする安口。対する柊はカードをずっと凝視している。幽霊を見たかのような顔でだ。


「こ、これって、現実、ですよね……」

「あぁそうとも。これで目を覚ますといい」


 柊が呟くと、その頬に安口の唇が当たる。チュッと軽い音を立てて安口が離れていく。


「な、ななななにするんですかぁ!」


 顔を真っ赤に染めた柊が騒ぐ。


「どうだ、目が覚めたろう!」

「さ、さめすぎです!」


 愉快そうに笑う安口を、柊はギっと睨む。


 あっはっは熊野よりも先に奪ってやったぞ、と安口大笑いしていると、バタンと乱暴にドアが開く音がした。


「お前ら、こんな時間に、ギルド内で何をしている!」


 柊と安口が同時に顔を向ける先には、ジャージ姿の中年男性がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る