第10話
茜がギルド本部に呼ばれている間、柊は閉鎖されたスライム迷宮ギルドのカウンターでノートPCに映るネットを眺めながら今後を考えていた。
ステータスが上がったことは間違いないが、だから強くなった、とは言いきれていない。いままでもスライムの核を食べていただけで戦闘経験がほぼないのだ。
そのことを、スライムキング、コボルトキングで思い知った。攻撃を盾で受け流そうとした上手くいかず、自分の腕が折れてしまった。
2度戦ったがどちらも相手が自分よりも強かった。ボロボロになりながらなんとか勝てたが次がそうである保証はない。こっちは命懸けだ。
ステータスで負けているのならば技術で対抗する必要がある。そう感じた柊は迷宮探索を録画して公開しているネット動画を探していた。
「迷宮暴露系動画?」
暴露などと良くないイメージが強い言葉で視聴者を集める動画だろうかと柊は眉根を寄せた。だがそのタイトルを見た柊は思わず叫んでしまった。
【スライムイーターの[今]を暴露しちゃいます。】
「俺かよ!」
馬鹿にされる対象である柊は、当然だがこの手の動画は好まない。だがタイトルにある[今]という言葉に引っかかりを覚えた。数日前からの変化のことを指しているのは明白だ。
この動画配信日は一昨日になっている。スライムキングを倒した翌日だ。
「情報が洩れてる?」
柊は漏れて困ることはないが茜やギルドは隠す方向で動いている。つまり、まずいのだ。
「内容を確認しないと」
柊が再生をクリックすると、目出し帽の男性の上半身が映し出される。背景は合成でどこかの海岸線になっている。爽やかさと不気味さが佇む、腹の底がむずむずするような不快感さだ。
「はいこんにちは! 暴露系動画配信者のカーズと申します! 今日はですね、あのスライムイーターについて暴露しちゃおうかと思います!」
音声を高速で変換したような耳につく声と大袈裟なジェスチャーで視聴者を引き込むような、そんな動きをカーズはしていた。画面には視聴者からのコメントだろう「待ってた」などの言葉が流れていく。
「まずはですね、こちらをご覧ください!」
カーズが足元からボードを取りだした。そこには柊がスライムキングを倒したときのステータスが書かれていた。数値も全く一緒だ。
「僕独自のルートで得た情報なので間違いはないですよ」
画面の中でカーズが自慢げにふんぞり返った。むかつく仕草だ。
<カーズといえどさすがにこれはダウト>
<ありえんて>
<イーターは雑魚>
否定的なコメントだけが流れていく。柊はそれを冷めた目で見ている。
画面にあるステータスは過去のものである上に柊も自分が強いなどと思っていない。勝ったとはいえコボルトキングにもボコボコにされたのだ。今までも散々雑魚などと呼ばれ、もうスルー耐性ができていた。
「皆さんはそう仰るかもしれませんが、僕はまた新しい情報を得ているんですよー」
カーズはもったいぶるように人差し指を立て、チッチと横に振る。
「昨日、2階フロアボスにあたるコボルトキングを倒したらしいんです!」
<カーズ氏勇み足すぎん?>
<カーズはイーター推しなのか?>
<みそこなったな>
「おやおやみなさん信じられない様子ですねぇ。情報がホットすぎてステータスまではゲットできてないのですけども、それも直にゲットできる手はずとなっております!」
画面の中のカーズは自信があるのかサムズアップをしている。この動画はライブではなく録画だ。おそらく視聴者の反応を予測しきっての振舞だろう。そのあたりは非常に優れた配信者と言える。
「彼の次なる相手はおそらくワーウフル。しかも変異種で呪文を唱えてくる、今までに出現したことがないタイプと予想しております!」
<ワーウフルなんて雑魚w>
<スライムコボルトとくれば誰でも予想できるってw>
<なんだよ変異種て>
流れるコメントは荒れているようだが録画なのでカーズはどこ吹く風で自信たっぷりな様子だ。
コボルトキングを倒した後、柊は茜と一緒に扉上の文字がワーウフル3/10だったことを確認している。
「3/10という情報は隠したのか。それとも知らないのか。なんなんだこいつ」
柊は全て知っているだけに、カーズに対し言い知れない気味の悪さを感じた。目的が分からないだけに不気味だ。
「柊っち、珈琲でも飲む―? 暇してるからクッキーも焼いてみたんだー!」
里奈が珈琲カップふたつとクッキーが載せられた皿をもってカウンターに来た。ふわりと珈琲のいい香りが柊を包む。
「お、柊っちが動画を見てる、メズラシーってあぁぁぁこいつぅぅ!!」
里奈が持っていたカップと皿を落とすが如く乱暴にカウンターに置いた。そして画面を指でつつくいたあとカーズのおデコあたりにデコピンをした。
「あーし、こいつだけは
腕を組んでふんと鼻息を荒くした里奈だが「あ、柊っちが悪いわけじゃないからね、えへー」とすぐに笑顔になった。ただ、怒ったときの顔が里奈にしてはあまりにも険しく「何かあったの?」と探ることもできなかった。
暴露でもされたのかとも考えたが里奈は迷宮
自然な仕草で配信画面を消し、里奈が持ってきた珈琲カップを持った。
「今日は贅沢にもブルーマウンテン風味のドリップ珈琲でございますー。クッキーはあーし渾身のできだし! 味わって食べるし!」
里奈は妙にかしこまっていたが後半は台無しだった。
カップを手に取ったがクッキーを推されては先に食べなければ。里奈の期待のこもった視線もプレッシャー だ。柊はクッキーを手に取り軽くかじった。やや硬めのクッキーは甘さ控えめで、でも口にはふわっとバターの風味が広がっていく。素朴だがしっかりおいしいクッキーだ。
「見た目以上においしい!」
「でしょでしょでしょ! 里奈さんは料理も万能なんだぞ!」
里奈はさっきの険し顔が嘘のように、顔の周りにヒマワリを幻視するくらいの笑顔になった。
ふたりで珈琲ブレイクをしていると、迷宮に潜っていた犬猿雉の3人が戻ってきた。特にけがの様子もなく、里奈がほっとしている。
「桃太郎の3人にも珈琲があるし、クッキーも食べるし!」
里奈の桃太郎呼ばわりにも不快な様子を示すこともなく、犬がノートを取り出しささっと書いてこちらに見せてきた。
『 ☕ありがとうございます('◇')ゞ』
お礼の言葉だった。しかもイラストと顔文字付きで。里奈が「ちょーかわいいし!」と大うけだ。やるな桃太郎ず、、と柊も思うほどだ。
珈琲の香りが満ちゆっくりと時間が過ぎていくギルド。若い探索者の声もなく、柊の心も穏やかになる。
だからこそやらなければならないことが頭に浮かぶ。
強くならないと。
誰のためでもない。自分のためだった。
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