第9話

 柊がコボルトキングを倒した翌日。スライム迷宮は臨時封鎖となり、茜は探索者ギルド本部に呼びつけられていた。コボルトキングを倒したことによって新しくできた地下3階を犬猿雉が巡回してマッピングをしている。柊は里奈のお守りだ。

 新宿都庁にもほど近い都心の1等地にそびえたつ30階建てのビルが本部だ。ギルド職員のみ入ることができる。

 茜は眩しそうに左目を細め、ビルを見上げた。


「ギルドはもうかってんなぁ」


 ビルに入り受け付に向かった茜は受付嬢に「熊野茜さまですね」と声をかけられた。プリン頭で眼帯のギルド職員など茜くらいしか存在しない。しかも今ホットなスライム迷宮の支部長だ。

 エレベーターで25階に案内された茜は受付嬢を従えて勝手知ったる風で廊下を歩いていく。


「会議室は?」

「第4です」

「……大会議室じゃねえか」


 嫌な予感に180°ターンで帰りたかったが茜がそれをしてしまうと柊に迷惑がかかる。それは茜の本意ではない。代わりにイチゴ味の飴を口に放り込んだ。


「噂通りイチゴ味が好きなんですね」

「悪いか」

「三日月屋で新しくイチゴ味の金平糖が発売されましたのでお耳にと」

「いいな。柊に買って帰ろう」


 イチゴ味の金平糖につられてちょっとやる気がでた茜だ。ちょろい。

 廊下の途中にある第4とネームプレートがあるドアの前に来た。受付嬢がノックをする。


「熊野さまがお見えになりました」

「ほぅ、遅刻しないできたのか珍しいな」

「うるさいぞ城内」

「茜、ドアくらい開けてから話せ」


 茜がノブに手を伸ばすよりも先に受付嬢がドアを開けると、長テーブルをロの字に配置した大きな部屋で5人の男性が椅子に腰かけていた。

 茜が知っているのは、元パーティーメンバーでスライム迷宮に来た城内と茜の上司であり探索者としての師匠にあたる関東エリア長で葉巻を咥えた妙齢の女性ハイミス安口あくち 月子つきこ、50歳ほどの男性で探索者ギルドの東日本統括長の武儀山ぶぎやま永信えいしんの3人だ。残りふたりのテーブルの上には名札があり、迷宮省事務官と書かれている。官僚だ。


 迷宮からの産出物は国が管理するが、各省で取り合いになったので独立した省として組織されている。海外の迷宮管理組織とも情報のやり取りがあるために外務省出身者も多く、また国内も網羅する必要もあるために国土交通省や内閣府からも引き抜かれ、法的な根拠も必要なことから法務省からも人員が当てられ、万が一に備えて防衛省ともつながりが深い。各省からちょっとずつ人員をかき集めた烏合の衆。当初はそう揶揄られたがいまは元探索者と協力して迷宮の維持管理に努めていた。

 茜は安口の隣に座る。


「さてこれで全員が揃った。会議を始めよう。まずは手元の資料から。熊野君、説明を」


 武儀山がいぶし銀な声で茜に説明を促した。


「スライム迷宮支部長の熊野です。今日はお忙しいところご足労いただきありがとうございます」


 茜も一応社会人である。これくらいの挨拶はできた。


「先日地下2階が出現しましたが、昨日3階が出現しました。現在ギルドから派遣されている3人によって調査を進めていますが、おそらくフロアボスはいません」


 3階が出現したあたりで会議室がざわついたが予測はしていたのだろう。すぐに静かになった。


「早速だが質問をいいかね」

「はい、統括長どうぞ」

「それは柊君が新しいボスモンスターを倒したということで間違いないな」

「昨日、コボルトキングを倒しました。ステータスは手持ちの資料の通りです。なお現在の柊のステータスも記載してあります」


 茜の説明に一同資料に目を落とした。


「これだとレベル100を超えてる数字ですよ?」

「ちょっと信じがたい数字ですねぇ」

「国内最高レベルが67でしたか」


 事務官から疑問の声が上がる。


「嘘をついてもこちらにメリットはありません。では昨日のコボルトキングとの戦闘映像をご覧ください」


 茜はメモリーカードを取り出し安口に渡した。安口は葉巻を口に咥えたまま会議室に備え付けの大型モニターにつながれたノートPCにそれを入れ、データを再生させる。

 モニターには柊が扉を開けるところから映し出された。

 大きなスライムが変形し4本腕のコボルトキングになり、そして柊が盾で殴られカメラが壊れるまでの映像だ。

 茜を除く5人は食い入るように映像を見ている。柊の盾が壊れされ腕が折れる場面では呻き声も聞かれた。


「腕が4本のコボルトキングは世界でも目撃例がありません」

「しかも仲間を召喚だと……」

ポーフィック障壁の呪文まで」

「おいおい、強すぎないかこいつ」


 柊が盾で殴られたところで映像は終わった。5人は無言だった。その後、編集したのか柊のカードが映されると「おぉ」と感嘆の声があがる。


「スライムイーターである柊がボスモンスターの核を食べることによって相手の能力を受け継ぐ傾向がみられました。特に呪文はすべて受け継いでいます」


 茜が補足していく。


「それが誠なら、彼はもっと強くなるということか」


 武儀山が唸る。茜は少し頬を緩めた。


「映像冒頭にあるボスモンスター名の横の分数は、やはり階数と考えてもよさそうですね」

「そうすると、迷宮は地下10階まであることになる」

「現在世界で一番深くまで確認されているのはインドのムンバイ迷宮の地下7階までです」

「彼が順当にボスモンスターを撃破すれば、地下8階が出現すると予想されるな」

「世界が騒ぎますね」

「今のうちに対応マニュアルを作成すべきか」


 事務次官らは小声で話し合っているが悪意は感じない。身内での意見集約だろうと茜は見ている。


「その可能性は高いな。迷宮が発生するメカニズムは不明だがな」


 武儀山が大きなため息をつき腕を組む。そう、迷宮がもしくは仕組みは未だ謎なのだ。


「迷宮から産出する金属類が人類にとってプラスの要因しかないのが不安な点ですが」

「金貨に含まれるのが金だけではなくコバルトなどの希少金属が含まれていることはご承知かと思いますが」

「まっぷたつの剣にはリチウムが含まれてたんだっけ?」

「呪いの装備にはウランがありましたな」

「その情報の取り扱いには十分注意してください。国家機密ですので」

「どうせ他国だって知ってるだろ」

「それでも、です」


 探索者らの迂闊な発言に対し、官僚がいさめる。会議は熱を帯びてきたようだ。

 迷宮から産出する武器類からは希少金属が含まれているのが、実はモンスターを倒すことで得られる金貨にも含まれている。最高機密とされ探索者には知らされておらず、国が一括で買い上げる理由がこれだった。

 レアメタル関係で中国に邪魔されない。工業国日本にとって重要なことだ。


「スライム迷宮は産出物もなく階層も1階までしかありませんでしたが、柊が攻略すると階層が増えたのは事実です。深層にたどり着くのは確実かと」


 茜はそう進言した。

 スライム迷宮はスライムを倒しても金貨が出ない。2階ができて柊がコボルトを倒したがやはり金貨は出なかった。もちろん武具なども同じだ。代わりに、今でも死者はいない。世界で最も安全な迷宮と言えた。

 一見スライム迷宮に階数が増えても価値がないように思えるが、地下8階を出現させれば世界初となるばかりか出現モンスターも判明し、他の迷宮の攻略に役立つだろう。その情報は公開され、各国にばらまかれることにはなるが、日本が一歩先に進んでいると印象付けられる。


「よろしい、彼のサポートに必要なものはすべて用意しよう」


 武儀山が茜に向きそう告げた。事務官もメモをとり決定を持ち帰るようだ。


「では、情報統制をお願いします」


 茜は頭を下げた。自らと里奈と柊のためだ。特に柊のプライベートは保ちたい。戦い傷つく柊が一番辛いのだから。


「……すでにだいぶ漏れてしまっているが」

「いっそ、出せる情報はリークさせたほうがいいかもしれません」

「特に金貨が出ないことを知らしめれば地下に入るものも出ないでしょう」

「階層が増えても利はないんだと、他国への牽制にもなるか」

「1階は引き続き新人探索者の教育の場として活用すればよいかと」

「その方向で印象付けるのがいいかもしれないな」


 城内と事務官らが内容を詰め始めた。官僚は有能だ。使いこなせない者が愚かなだけだ。


「熊野君、人員は足りているのか?」


 ふいに武儀山が茜に聞く。そもそもふたりしかいないギルドで経験のないことが起きているのだ。対応が難しいと思っているのだろう。


「現状はわたしと佐々木だけですので休日をとるために補充は欲しいですが、初心者しか来ない迷宮ですので封鎖してしまえばよいとも言えます」

「ギルドとしては先日3名つけましたが目的はメディア対策です。補充するなら職員としてが望ましいかと」


 茜の返答に城内が援護する。


「追加するならやはり女性がいいかもしれんな。男を入れると問題を起こしそうだ」


 武儀山が茜を見てにやりとした。茜の、眼帯を付けた右頬がピクリと動く。


「茜、柊君とはどこまで進んだんだ?」


 今まで静かにしていた安口が火のついていない葉巻を指にもち、茜をさした。いきなり投げ込まれた爆弾に茜がたまらず口を開けた。


「師匠、それはここで議論すべき議題ではないと思いますが」

「少ししたら彼はいい意味で有名になる。後悔しないように唾をつけとけということだ」

「柊にそのような感情は持っておりません」

「ほうほう、では問おう。使えないと匙を投げられた彼を迎え入れ手取り足取り教えて自分好みに育ててきたのは何故なんだ?」

「部下に対する指導の範疇だと思っております」


 茜と安口が丁寧な口調で言い合いをしている。


「ふむ、であれば、ふたりの邪魔をしない既婚女性で派遣可能な職員はいるか?」


 武儀山がニヤニヤしながら安口を見た。


「統括長、私が行こう」


 葉巻を咥えた安口が挙手した。ちなみに火はついていない。安口は葉巻が好きなだけで煙は嫌いだった。


「師匠が!?」


 茜が声をひっくり返すと安口がにこりと微笑む。武儀山はぷくくと笑いをこらえている。

 安口は少々年齢を重ねているとはいえ顔も整っており、独身を貫いているせいか体の線も若い時のままで、チェリーボーイくらいなら簡単に引っかけることができそうだ。柊などお手の物だろう。

 茜は危機を感じ武儀山を睨んだ。


「統括長?」


 スンとそっぽを向いた武儀山に茜は立ち上がった。だがその決定が覆ることはなく、会議はつつがなく終わったのだ。

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