第7話
カウンターを里奈に託した茜は本部職員とともに階段をあがり会議室に入った。そこには柊が作業をしていたが、関係なく入っていく。
茜が柊に声をかける。
「柊も同席してくれ」
「……わかりました」
2対4の向かい合いで会議室が会議室らしくなった。城内がビジネス鞄から紙の包みを取り出した。
「手土産です。栗入りの満願どら焼きになります」
「城内は相変わらず抜け目がねえな」
「柊君の好みは把握しております」
木内が慇懃に頭を下げる。
「城内、柊はやらんぞ」
「……政府から突かれたんだよ」
城内は疲れ気味なため息をついた。本意ではないらしい。口調も変わり、ここからが本番と思えた。
「本部としては急ぎの案件ではないと判断したが、政府から、アメリカのスライムイーターの遺体が発見されたと通達があった」
「いつだ」
「6時間ほど前」
城内の言葉に茜の眉根が寄る。目を閉じ、大きく息を吐いた。
「柊の情報を得てから動いたな」
「白い家はロシアか中国の差金と見ているようだ。政府としては影響力を保持したい英国も疑っているな」
「犯人はわからずってとこか。で、柊も狙われると」
「あぁ、間違いない。日本に資源が渡るのを
思いもよらない言葉に、柊は城内を見た。
「てっきり保護するからここらか出ろと言われるかと思ってました」
「探索者は迷宮にいた方が強いんだよ。アメリカの彼の遺体は無防備な自宅で見つかった」
城内の視線は柊に固定されている。柊も目を逸らさない。自分の命ががかかっていた。
「柊を越える、レイバーロードじみたやつが来たらどうすんだ?」
茜が目を開いて城内を睨みつけた。
柊が強くなったとはいえレベル60相当になっただけだ。呪文も使えるが、複数で襲われたらそんなものは関係なくなる。茜はそれが気がかりなのだ。
「その可能性は否定できないな。ロシアには北極熊と呼ばれるレベル80超えの探索者もいる。殺し屋は想像もつかんな」
「……俺が強くなれば良いんですよね? そいつらが来ても返り討ちできるくらいに強くなれば」
「まぁその提案をしに来たわけだけど、察しが良くて助かる。おいアレ出してくれ」
城内がスーツ姿の男に指示をすると、彼は鞄から分厚いファイルを取り出した。ちょっとした辞典並だ。
「現在判明しているフロアボスの情報だ。スライムキングの件からすると参考にすらならないとは思うがお守りにはなるだろ」
柊はファイルを受け取った。表紙には国秘と書かれている。無意識にだが、柊の顔は引き攣っていた。
「公表されてない情報も書かれている。取り扱いは慎重にな」
「は、はい!」
緊張で硬くなりながらも元気に返事をした柊に、城内はゆるい笑みを浮かべた。
「色々大変だろうからこの3人を置いていく」
「体のいい監視か?」
「情報連絡要員と言ってほしいな」
「変わんねーよ」
「とまぁ、彼らは本部職員と同時にベテラン探索者でもある。ギルドの応援及び
城内は「犬、雉、猿」と紹介していくとそれぞれが軽く頭を下げる。桃太郎かよ、と茜が笑った。
「この任務自体が極秘扱いなんで彼らへのプライバシーの干渉は容赦な」
「ギルドをうろつくときは変装でもするのか?」
「サングラスとマスクで対応する予定だ。ハンドサインでやり取りする。なるべく声も出さないようにrする」
城内がそういうと、3人は内ポケットからサングラスとマスクを取り出し装着した。3人は似たような髪形で区別がつきにくい。
「地下4階は対応可能な腕前だ」
犬はステータスカードを見せた。
HP 128
ST 85
IQ 50
PI 47
VT 63
AG 71
LK 9
「大ベテランじゃねえか。あたしよりも強いぞ」
「正直、俺よりも強い」
城内は苦笑いだ。急ごしらえ感はぬぐえないがそれだけ本腰なのだろうと柊は思った。だがすべては自分にかかっているのだ。感じたことのないプレッシャーが柊の下腹部に溜まっていく。
「長居するとメディアがうるさそうだし、そろそろ引き上げるよ」
城内はすっと立ち上がり「ご不便をおかけしますが」と深々と頭を下げた。
善は急げだとばかりに、柊は3階の自室で革の胸当てを装備している。脇にはショートソード。盾はスモールシールドを選んだ。戦闘に慣れておらず、ヒットアンドアウェイ戦法をとるならば身軽なほうがいいと考えた結果だ。
同じ部屋で、茜は不安を押し殺した顔でじっと柊を見つめていた。
「コボルトキングの武器はロングソードでしたね」
「あぁ、普通の、はな」
「コボルトキングも、たぶんですけどスライムな気がするんです」
「それは、スライムイーターとしての勘か?」
「勘と、考察ですかね」
柊は腰袋にディアルの薬と毒消しを入れた。コボルトキングは毒の攻撃はしてこないが備えておくに越したことはない。茜に持たされた薬は役立ったのだ。
装備を終えた柊と茜は1階のカウンター裏からギルド内に出た。ギルドの中は犬雉猿の3人がメディア対応をしており、人は多いが混乱はしていなかった。その中に軽装とはいえフル武装の柊が現れたのだ。ざわつきが広まっていく。
「あれ、イーターじゃね?」
「なんで武器なんてもってんだ?」
「雑魚だからスライムにも武器がいるんじゃね?」
新人だろう探索者から容赦ない声が浴びせられるが柊はすべてスルーした。茜が里奈に目配せすると「はいはい少年たちはこっちねー」と招集をかけた。犬雉猿に押し出されているメディア連中は遠くからカメラを柊に向けていた。
「イーターが出てきました。なにやら武装してますが、こんな迷宮でも武装すなければいけないほど弱いのでしょうかププ」
「あっれー、無視してくれちゃっていーのかなー」
芝居がかった物言いは映像配信者だろうか。迷宮内では電波が届かないのでライブ配信こそないが迷宮関係の映像配信者はそれなりにいて、人も作品もピンキリである。
「柊少年、気にするな」
「大丈夫です」
ふたりは周囲の、決して好意的ではない視線にさらされながら迷宮に降りていく。そのまま最奥部の鉄の扉の前まで来た。鉄の扉は空いたままになっていて、中を覗けるようになっていた。大広間の壁にある松明はいまだ燃え盛り、「いつでも来い」と迷宮が挑発しているようにも見えた。
「この先は……あたしでも入れるみたいだな」
茜がずいと大広間に踏み込んだ。
「倒すと誰もが入れるようになるんでしょうか。もしかしたらこの先も行けたり?」
「だといいがな」
ふたりは大広間の奥にある次の鉄の扉の前に立った。
「写真の通りか。どれ……」
茜が扉に触れた瞬間、黒い稲光りが扉の表面を走った。痛みがあったのか、茜は急に手をひっこめた。
「触った瞬間に電撃がきやがった。あたしは入れないらしい」
「多分、スライムイーターだけが入れるんですよ」
柊はヘッドカメラを装着し、躊躇なく鉄の扉に手を当てた。
迷いはない。
「柊少年、忘れ物はないか?」
「薬と毒消しはいれました」
「ボスが出てきたらまず
「……行ってきます」
柊は腕に力を籠め、扉を開け放った。
扉の向こうはやはり大広間になっていて、壁には松明がずらりと並んでいた。広間の中央には巨大なブルースライムの姿がある。まだ鉄の扉は締まっていない。
「少年の言うとり、スライムだな」
扉の向こうで茜がつぶやいた。しかしその扉がゆっくり閉まっていく。
「出てくるまでここで待ってるからな!」
柊はその茜の叫びを聞き、こぶしを強く握った。ショートソードを構え、油断なく近づく。
巨大なブルースライムは柊を認識したのか、悶えるように立ち上がり、その姿を徐々に変えていく。
「……思ったよりも大きい」
立ち上がったスライムは柊の背を超え、2メートル近くになる。頭頂部が犬の形に変わり、腕と思われる突起が4つ伸びた。
ゼラチン質な外見はいつの間にか体毛で覆われ、獰猛な犬の頭に4本の腕を持つ異質なコボルトがそこにいた。
ロングソードと盾を二組づつ構え、血走った目で柊を睨んでいる。
「なんだあれ。ともかく
コボルトキング異常種
HP 640
ST 150
IQ 40
PI 40
VT 160
AG 60
LK 4
対して柊のステータスだ。
職業 スライムイーター
レベル --
HP 270
ST 66
IQ 70
PI 70
VT 67
AG 100
LK 20
「クッ、強い!」
コボルトキングは城内から得た情報など話にならないレベルだった。
『ワオォォォォォォン!』
コボルトキングが頭上を向き遠吠えをすると、彼の周囲の床から複数のコボルトが迫り上がってくる。2階を調査した時に遭遇したコボルトよりも腕も太く頑強な体躯だ。ロングソードを持ち、明らかに特殊個体だとわかる。
「召喚とか、嘘だろ!」
柊はバックステップで距離をとる。
「先手必勝、
コボルトキングを中心に召喚したコボルトも巻き込んだ炎の柱が立ち上がった。
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