出撃

@nonnon13

出撃


 一度使ったら終わってしまうものより、修理すれば何度も使えるもののほうが重用されるのは世の常だろう。

 それは戦争とて例外ではない。

 世界規模の戦闘が激化したすえに、人による戦争は終わりを迎えた。

 今や硝煙立ち上る戦場を駆け回るのは人ではなくドローンであり、情報戦や指揮系統は高度なAIに任されていた。

 感情のない機械の台頭によって戦争という概念はすっかり様変わりした。

 機体が欠損してもコアが残っていれば合成素材でいくらでも修理できる。

 人間と違い動揺することなく任務をこなし、戦況によって士気が下がることもない。


『だから、まあ。こういうことは本来不要なんだが』


 スピーカーからぎこちない合成音声が響いた。

 軍事輸送用の大型ヘリにところ狭しと積み込まれた戦場迷彩を施されたドローンたち。

 今日の戦闘のためにあらゆる事態を想定したプログラムを叩き込まれ模擬戦闘で経験を積んできた尖兵だ。


『私のような旧型AIはまだ人間が戦場に立っていた時から指揮をとっていた。当時は"人間らしさ"があったほうが都合がよかったんだ。あくまで基定プログラムによる慣習が残っているだけ。メモリに残す必要はない』


 ヘリ内に設置されたカメラが眼球のように動きドローンたちを見下ろす。

 その向こうには肉体を持たない指揮官AIがいる。

 ヘリ内のドローンのプログラミングおよび模擬戦闘、機体装備まですべてを管理していたAIだ。

 AIらしからぬ言い訳を並べながら指揮官はドローンたちをカメラ越しにスキャンする。

 プログラムに不調なし、機体損傷・破損箇所なし、知覚デバイス動作問題なし。

 手塩にかけて育てた、というのも変な話だが、自分が管理してきた以上は最も良好な状態で送り出さなければならないという意地がある。

 いまだに最前線にいる旧型のちっぽけなプライドだ。


『私から諸君らにかける言葉はひとつだ』


 こほん、とわざとらしい咳払いをして、AIは言葉を続ける。


『基定プログラムに従え』


 基定プログラムとはすなわちプログラムの根幹にある命令を指す。

 これは本来、任務ごとに異なるのだが、この指揮官AIは自身の手がける兵士たちには、いついかなる時も同様の命令を入力している。

『どんな姿になろうと、戦場から帰ってくること』。それがAIが与える基定プログラムだ。


 帰って来さえすれば、何度だって直そう。何度だって送り出そう。

 それが私の仕事なのだから。


 それまで沈黙を守りAIの言葉を聞いていた一台のドローンが胴体からアームを伸ばした。

 斜め上に伸ばされたアームの球体関節を折り曲げ、鉤爪状のハンド部分を頭上に掲げる。

 その一台を皮切りに、次々と他のドローンたちもアームを伸ばし頭上に掲げる。

 それが人間でいう「敬礼」だと気が付くのに、AIは普段よりコンマ数秒の時間を要した。

 その光景に、古いメモリに残されたかつての映像が重なる。

 まだ戦場に人間がいた頃。

 大半が二度と帰らないことを理解していた。それはAIも人間たちもだ。

 それでも、死地へと旅立つ前に、彼らはカメラの向こうのAIへ敬礼をしていた。

 新型ドローンに旧型の影響を与えてしまったか、と内心苦笑いする。

 

 ヘリが出撃ポイントに近づいた。駆動音を響かせながらハッチが開き、強い風が砂塵とともに吹き込んでくる。

 ドローンたちはアームを格納し、一斉にプロペラを起動する。


『諸君、出撃だ』


 今日もまた、人ならざる機械たちが戦場を駆ける。

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