第10話 裁かれぬ者
勇夫たちがダンジョンに放り込まれてしばらくしたあと、高齢者特例法の関係者は焦っていた。
「これが老人たちの動きか!? 人類を超越しているだろ。こんなことが出来るならダンジョンになど潜らせるべきではなかった!」
「落ち着いてください、これはあくまでダンジョン内でしか作用しないようです。老人たちはダンジョンから出た途端腰は曲がり杖をついて歩いたそうで」
「しかしいつまでもそうだと言う確証もないだろう? 楽観的な推測は危険だ」
あーでも無いこーでもないと怒号が響き渡る会議室で一人顔を伏せる男がいた。
(どだい始めから無茶苦茶だったんだ。しかし思った以上に国民の反発が少ない、薄情な市民だ、明日は我が身かもしれないのに)
男が一人嘆いていると、偉そうな男が椅子にどかっと座り足を組んで報告を急かす。
「魔石の研究はどうなっている」
「各地から収集していますがダンジョン手前の敵に苦戦しているようで、予想より集まっていません」
「東京のダンジョンからオークの皮で鎧を作れないかと提案が来ています」
「オーク? あの豚みたいな生物か? 東京だとこの動画のダンジョンか。他所より多くの魔石を集めているのがここだったな」
そこに映るのは剣聖勇夫がゴブリンを切り飛ばし、暗殺者徹がオークを瞬殺する瞬間だった。
どうみても老人の動きでないそれを本部の人間は固唾を飲んで見守る。剣士田中の散りざまを先ほど見た時は、不謹慎ながら喜んでいたのに。
今はまだいい。自分たちは特例法に合致する条件を満たしてはいない。今後もそうならないようにしていく予定だ。
しかし早いところ成果をあげて自分たちに危害が及ばないようにしなければ、自身が対象になる日が来るかもしれない。
それだけは避けなければならない。適当な役職につき、働いていることにしていれば特例法の対象にはならない。
無職、または独居老人を適当に抽出していることになっているが実のところ医療費を圧迫している人材を優先的に起用しているのはここだけの機密だ。1割程度はそうでないものも選んでいるが、まさにこの高齢者特例法は現代の姥捨山と言って差し支えない。
そして勇夫たちの探索が奥に進むほど、その成果に本部の人間たちは湧いていった。
他の地域では未だにゴブリンとオークの処理に手一杯なのに対して、東京ダンジョンは望外の成果を挙げていた。
「魔石の医療革新もそうだが、このトレントの木材も素晴らしい。火力発電をもっと増やせと要望が来ているよ」
「そろそろ大量生産の目処を立てないといけないな。他のダンジョンの様子はどうなっている?」
「九州が二番目に進んでいて、ようやく草原のエリアに入った模様。こちらは廃墟になっているエリアを探索するそうです」
「あああの東京ダンジョンで殺人が起きた場所か、何か新しい発見があるといいな」
高齢者特例法を施行してから少なくない死者が出ているが、ここにいる面々は気にした様子もない。むしろもっと死ぬと思っていたくらいだ。
「そろそろいい頃合いだろう。世論も多少騒がしくなってきたし、国連もうるさい。明確な目標を立ててこの特例法も終わりにしよう。」
高齢者特例法の委員会は東京のダンジョンが排出する魔石の量が今のペースで続いた場合、五年ほどで収集が見込める量を目標に掲げた。すなわち他の地域ではもっと長くかかることになる。
足腰が弱り、車いす生活になっても寝たきりになっても生きている限り高齢者たちはダンジョンに潜り続ける。
ダンジョンホームは特養老人ホームと化していた。しかしそこに介護士や看護士はいない。最低限の設備のみだ。
「まあ私達が高齢者になるころにはこの特例法も終わっているでしょう。関係ないことですがね」
「私たち以外の、いえ、上級国民以外の高齢者などいなくなって構いませんからね、しっかりマスメディアの統制もよろしくお願いしますよ」
現在、高齢者特例法は大きく報道されてはいる。しかしその実情と報道される内容には差異がある。十分な安全が確保されていること、死者については過少に評価され、敵に倒されたとしても自然死として扱われている。
さらに高齢者たちがものすごい速さで移動したり、魔法を行使する映像を切り抜いて流すことで、娯楽面を強調している。あくまで高齢者は無理矢理集められたのではなく、国の為に戦ってくれている。戦時中の赤紙と同等のことをしているのにも関わらずだ。
一部のマスメディアや海外のジャーナリストによって真相は暴かれつつあるが、小さき声は大きな声に押しつぶされ闇へと消えていく。大きなうねりの前に小さな渦は消え去っていく。
この日本の闇は果たして暴かれるときはあるのか。
真相は未だ底にある。
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