第8話 ダンジョンのその奥へ
とうとう老衰する者が出てきた。ダンジョンから帰って一晩すると息を引き取っていた。覚悟はしていたことだが、そうか、死ぬのだな。
儂はまだ大丈夫だと思いたい。しかし八十歳を超えるような高齢者の中ではいつ死んでもおかしくない状態が続いている。それでも政府は定期的にダンジョン探索を行えと突いてくる。
無抵抗な高齢者をダンジョンに捨てるように置く。働かなければ飯も出ない。監獄だこれは。人道とはどうなっているのだ。
それからさらに二ヶ月経った。草原での戦いは大分進んでいるが、相変わらず山に辿り着けない。しかし良いこともあった。今までゴブリンやオークを狩って少数の魔石を集めていた者たちが草原の攻略へと名乗りを上げてくれたことだ。
それもどうやら出現するゴブリンやオークの数が減ってきており、十分な魔石を確保出来なくなったからだという。つまり狩り続ければいずれ枯渇する……?
この仮説を元にするなら草原でのこの戦いもそのうち終わりが見えるのでは? しかし右手に広がる広大な草原を見て、それが何年先になるのかと肩を落とした。
それでも確かに前方から押し寄せる敵対生物の数は減ってきているように思える。これなら一度一気に殲滅してしまえばいいかもしれない。儂は軍師和子にその旨を伝え攻勢に出る。
「今から一斉射撃を行います。魔法使いや弓士、遠距離攻撃の出来る方はこちらへ。属性は炎でお願いします。草原の草が延焼することはないので思いっきり打って構いません」
軍師和子の指揮のもと、草原の敵対生物掃討作戦が開始される。まず暗殺者徹を含めた足の速い集団が敵をおびき寄せ、連れてくる。それを軍師和率いる後衛部隊が蹴散らし、その残りを儂ら前衛部隊が叩きのめす。
それを交互に繰り返し、徐々に徐々に歩を進めていく。そしてついに森の入口まで到達することに成功した。
これは大きな一歩だ。人数が増えたから出来た作戦であり、この数か月敵対生物を倒し続けた成果でもある。
森にまで到達したが、これ以上は危険だと判断し帰路へとつく。鈴木隊員が必死に魔石を拾ったり解体しているのをみんなで手伝いより良い装備になるようにと祈りながら作業を進めていく。
草原に出てから数か月、占い師満子の裏切りもあったが全員が前を向いて進めるようになってきたと思う。儂らはまだまだ死なない。死ねない。強くそう思うのだった。
激闘を終えてダンジョンから帰り、部屋に備え付けられたテレビを見ていると驚きの情報が目に飛び込んできた。魔石に関する情報だ。
曰く、悪性の腫瘍に対してそれを吸い取る効果があること。末期癌の患者の悪性腫瘍がすべてなくなったとのことだ。それはめでたいことなのだが、これ以上平均寿命を伸ばして果たして国民は喜ぶのだろうか。
この成果をもってもっと魔石を集めろという世論は構築されるだろうか。そもそも儂らの探索はいつまで続ければいいのか? 魔石以外の成果を出さなければ、一生魔石掘りに駆り出されるのではないか。一抹の不安がよぎった。
次の朝、仲間の中では魔石の情報についての話題でもちきりだった。医療関係に使えるとは予想外だったが、自分たちの探索の成果が出ているとなって一安心といった感じだった。初めは百人いたこのダンジョンホームも九十人に減った。
これからも減るだろう。しかし止まるわけにはいかない。
今日政府から提示された魔石の量は今までのペースで続けていけば五年くらいで達成できそうな数字だった。しかしそれまで何人残る? その効率がいつまで続く?
すでにゴブリンやオークの数は減っている。今後よりダンジョンの奥へと進んでいくのならより強い敵性生物との戦いが続いていくことになる。止まれない、止まれないんだ。より深く、ダンジョンを探索することを強制されている。
こちらの情報は鈴木隊員から伝わっているはずだ。
つまり死ぬまで、死んでもいいぞと政府が言っている。
ふざけるな! 耐えに耐えてこの仕打ちか。しかし脱走しても意味がない。家には戻れないし指名手配されて逃げ惑う生活などダンジョンに潜っているのと変わりがない。
もっとだ。魔石以外の成果をあげなければ、終わりはない。
みんなの雰囲気はもう五年で終わりだなという感じになっている。何を呆けている。五年後に自分が生きている可能性がどれだけ低いか、分からないのか? 安全に探索が続く保証などどこにもないのに。
「もう終わったような雰囲気だな、むしろこれからだろ」
「啓二……」
「五年かあ、ちと長いな」
「私にはそんな寿命ありそうにないですよ」
「和子……」
「……」
「徹」
「儂はもっと奥へ行くぞ、止まらないからな」
儂らは目を合わせて頷いた。危険は承知の上だ。しかしどうやっても安全などないのだ。ならば進むしかあるまい。
「前回同様、森手前までは殲滅していこう。そこから奥は儂らが勝手に行くだけだ」
「おう、頑張っていこうぜ」
儂らの孤独な戦いが始まった。
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