第7話 世論は動かず、老人は働く

 死者と負傷者を出す散々な結果となった草原の探索。占い師満子は鈴木隊員の証拠と共に警察に連行され、一時的な平和は訪れた。しかし彼女のもたらした傷はあまりにも大きかった。


「どうせ死ぬまでダンジョンの探索をさせられ続けるんだ」

「ダンジョンで死ぬか寿命で死ぬか、二択じゃないか、そんな寂しい死に方嫌だよ」

「政府は具体的な目標を提示していない。このまま一生探索をしろということなんだよ。俺たちは閉じ込められている」


 そう悲観する仲間たちが後を絶たない。それもそうだろう。儂だってふとそう思わないこともない。それでも探索を続けているのは平和だった健吾たちとの生活に戻りたいからだ。

 しかしこのままダンジョンに潜り続けていても限界がある。儂は鈴木隊員に交渉材料となるものはないかと尋ねた。


「皆様の戦闘映像はこちらで保管していますし、スキルの存在を公にすれば人は集まってくるかもしれません。しかし現状出てくる資源の使い道がない以上、どのような結果を出せばいいのか……」


 それなのだ。ダンジョンが未知のため、政府から提示される条件にも具体的な目標が書かれていない。あくまで所定の目標を達成できた場合退役を認めるといったものだ。

 まずは探索範囲を広げなければ。

 しかしここまで士気の下がった状態で行軍は出来るとは言えない。

 儂は一人一人に声をかけていった。今は辛いだろう、しかし耐えてくれ。儂らが必ず成果を上げてくる。それまでなんとか魔石を回収して成果が出るようにしてくれ。使い道さえ分かれば事態は好転する。

 今は耐えるときだ。生きる意味を見失ってはいかん。寂しく一人で死ぬことなんてない、儂らがいる。みんなでこの苦境を乗り越えて見せようじゃないか。


 とにかく声をかけれるだけ駆け回った。頷いてくれるもの、それでも腰の上がらないもの、反応はまちまちだったがこれ以上やれることはない。

 ダンジョン探索をしろとせっつかれれば入るしかないのが儂らだ。ダンジョンの中ならいざ知らず、外に出ればか弱い高齢者、手も足も出ない。言う通りにするしかない。


「まあ俺は最初から下がる気なんてないがな」


 教皇哲二は相変わらず強い言葉で儂らを引っ張ってくれる。七十歳を超えているとは思えないその体躯はまさに希望の星だ。これで前衛を張れるスキルでなかったのが惜しい。しかしその分後ろは教皇哲二が守っていると思うと気兼ねなく戦えるのでこれはこれでいいのだと思う。


「さていくか」


 儂は戦意の衰えていない30人弱の仲間と共にダンジョンの草原へと向かっていった。草原の天気は晴れ、一体どのような現象なのかさっぱり分からないが不思議の一言で片づけるしかあるまい。


 前回辛酸を舐めた廃墟へは向かわず、今回は山のある方面へと向かう。草原には人間大のウサギや、前に見た角の付いた馬、実際より一回り大きい熊、などが闊歩していた。

 ここで役に立ったのが獣使いだ。相手を瀕死にまで追い込んでから、相手の獣に触れて「契約」と唱えると、まるでペットのように付き従うようになった。しかし後で分かったが、契約は一日程度で終わる上に、ダンジョン外には持ち出せないし契約が終わるとそのまま消失してしまう。


 しかし契約した時点で瀕死だった怪我は回復し、こちらの戦力となるのだから割と有用ではある。混戦時にどううまく契約するかが今後の課題だろう。


 草原の敵対生物と戦いを続けて一か月程度経った。中々順調とはいかず、山への道のりは遠い。魔石はそこそこ集まってきているので、なんとか成果を出してほしいと思っている。


 今日は休養日なので、相変わらずテレビをつけてニュース番組を見る。

 高齢者特例法が世界でも糾弾されていて、デモまで起こっているようだが、自国でも採用しようという動きもあるという。やはりどこまでいっても高齢者は邪魔なのか……。

 お年寄りが敬われていたのは遥か昔、今は社会保障費を増大させる癌とまで言われている。悔しいじゃないか、儂らだって必死に生きていたから今があるのに。文句を言うならこうなった政府に言ってくれ。

 ああ、その政府が儂らをこんなところに押し込めているのだから何も言えまい。相変わらず政府の支持率は横ばいで、街の声は私達もダンジョンに入りたいだの、老人ばかり優遇してずるいなどという頓珍漢な答えを出している者さえいる。


 鈴木隊員が記録した映像は、政府にわたると共に一般にも公開された。それによってダンジョン内ではアトラクションゲームのように遊ぶことが出来ると勘違いする輩が増えているようだ。

 倫理上、人死にがある場面は当然カットされているので、そう思うのも無理もないが、命を削って儂らは戦っているのだと訴えたい。この一ヶ月で死者は五人も出た。

 単純にゴブリンやオークを狩るだけでも危険だし、草原に出て戦うものも安全とは言えない。


 それでも儂らは目的の為、ダンジョンからの解放に向けて進んでいく。魔石の利用方法は未だに見つかっていないようだ。その代わり、ダンジョンで手に入る敵対生物の素材を使った防具や武器は充実してきた。


 弓士には弓が手配されたし、警棒ではなく剣になった。防具は未だに皮を使ったものになるが、オークよりも随分強力になったと思う。これはダンジョンを出ても効力は落ちないので、軍事利用も出来そうだと思えた。

 世界で争奪戦が起きないといいがな。


 そういえば鈴木隊員のスキルが「鑑定士」からスキル「鑑定士」「荷物持ち」の二つになった。スキルは進化する、複数持つことが出来るということが判明したのだ。これも新たな成果として上へと持ち帰らせた。こんなことを一体いつまで続ければ儂らの任期は終わるのだろうか。


 先の見えないダンジョン探索に、少し焦りを覚えてきた。

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