第6話 占い師満子
草原への探索を広げている間に後方でゴブリンやオークを狩っていた者の中から負傷者が出た。ダンジョン内での大怪我だったので回復スキル持ちの者に回復してもらったものの、ダンジョンを出てから再度痛み出したようだ。
その容体は大腿骨の骨折だった。老人には堪える。今回は股関節部分が折れた訳ではないので人工関節にする必要はない。
しかし復帰にはリハビリも含めて数か月以上かかるだろう。これが現実。ダンジョン内でいかに元気とはいえ、怪我をすれば高齢者の肉体などぼろきれのように壊れてしまう。
「俺の回復魔法ならもっといい結果になったかもなあ」
教皇哲二がそう呟く。今回治療にあたったのは僧侶のスキル持ちだった。回復に時間もかかるし大怪我を完全に治すことも出来ないということなのか。
教皇哲二が言うのなら彼が全体の治療を行うのが一番だが、そうも言っていられない。リスクとリターン、残された短い人生をどう使おうともこちらの勝手というものだ。そもそも勝手にこんなところに押し込めたのは誰だというのだ。
その日の仲間たちは意気消沈していた。儂らのように強そうなスキルに目覚めたものもわずかながらいるが、基本的には普通のスキルのようだ。剣士田中のように、戦士、弓士、騎士、魔法使い、司祭、盾使い、盗賊、占い師、獣使いなど、現状使い道が限定されているようなスキルも多い。
それでも身体能力の向上によってある程度は戦えているが、このままゴブリンとオークを狩り続けるだけでは先は見えない。
「草原に進出しなければいけないなあ」
「……いいと思うぞ」
暗殺者徹が同意する。基本的にあまりしゃべらない彼はダンジョンから出ると腰を曲げて歩いている。とても暗殺者には見えない。しかしダンジョンに入ればその背筋は伸び、軽やかに相手の急所を狙う暗殺者徹へと変貌するのだ。
占い師満子が「あと数日は草原に出るのをやめた方がいい、災いが降りかかる」という占いの結果を儂らに伝えてくるので、素直にそれに従った。ダンジョンに入る様に急かす職員たちも、スキル持ちの言うことならと一応納得させた。
それでも手前のゴブリンとオークを狩るのは忘れない。少量だが魔石も手に入るし装備も整う。盾使いなのに盾がないとかいう不遇の者もいる。宝箱から出るのを祈ろう。
それか直接国に頼むのもいいかもしれない。防護盾なら自衛隊や警察であるだろうし、獣使いも何かしらの動物を使えば真価を発揮するかもしれない。草原への進出をしない間はそれぞれのスキルに合った武具の申請を行った。
少しくらい頼んでもバチは当たらんだろう。
そして数日が経ち、手前のゴブリンたちを倒し、草原へと向かう。
草原は雨が降り、とてもいい天候とは言えないかった。しかし占い師満子は言う。
「今こそが好機、汝らの進む道にそれはあるだろう」
なにやら抽象的な言い回しだが、預言者とかそれくらいのスキルではないと正確な事象が分からないかもしれない。占い師など現実の世界にもいるのだからな。
草原は儂らのパーティーを先頭に50人弱の仲間を引き連れて探索を行う。草原は地平線まであるわけではなく、遠くには山が見えるし、その手前には森がある。右手はどこまでも続いていて地平線が見える。
左手には古びた街のような廃墟が見えた。何か役に立つものがありそうだ。
未だに半数近くが防弾チョッキと警棒で戦っている。主に後方支援の面々だが、やはり不安になる。儂らは何かがあると信じて左手にある廃墟に向かうことにした。
仲間たちの足取りは軽い。ここ何日かのダンジョン探索で若いころのような元気さを取り戻したからだろう。しかしダンジョンから出てしまえばいつもの重たい体。一生ダンジョンにいたいと言い出すものまで出てくる始末だ。
確かに健康な体は捨てがたい。しかし安全も確保されていないダンジョンに居座るなど正気の沙汰ではない。いやそれも個人の自由か、儂らは否応なく集められただけに過ぎない。仲間と言ってはいるが結局は他人なのだ。
それにもしかしたら、快適に暮らすことのできる場所もあるかもしれない。未だにダンジョンが何なのか詳しく分かっていないのだ。希望くらい持ってもいいだろう。
儂らは全員を連れて廃墟の方へと向かっていった。おどろおどろしい雰囲気が漂うそれは、城壁で囲まれた大きな街のような外観だった。城壁に備え付けられた小屋は朽ち果て、外周にある堀には水の一滴もなく、錆びた開閉式の城門の鎖は、もう閉じることのできない状態だった。
「入るぞ」
儂の号令と共に城下へと侵入する。敵の気配は……ない。儂らは散会して家屋を調べ始める。有用なものはないのか家捜しだ。
「勇夫、宝箱があるぜ」
「こっちもありましたよ」
「……ない」
幸先よく宝箱を見つけ、儂は安堵した。雨の降りしきる中草原に出て成果無しでは面目も立たない。まあ占い師満子の指示にしたがったまでだが。
「じゃあ開けてくぜ――っ!」
「ぎゃああああああああああ」
そう言って教皇哲二が宝箱に手をかけようとしたとき、遠くから叫び声が聞こえてきた。それと同時に地面から人間の骨が這い出てきた。筋肉もないのに動くそれはまさに動く死体。これも敵対生物なのか?
「多分スケルトンです。聖属性の魔法とかが弱点なのですが、後はどこかに核となる石があるかもしれません。頭を潰すと破壊される可能性もあります」
鈴木隊員による敵の弱点の羅列、こういったものに造詣が深いのだろう。
「その通りです。心臓付近に核となる魔石があります。それを破壊しない限り動き続けます」
軍師和子の敵対生物の弱点の看破。的確な指示のもと暗殺者徹が一撃でスケルトンを打ち滅ぼす。
「一応俺も破邪ってのでアンデット系は倒せるみたいなんだが、その必要はなさそうだな」
「そうだな、哲二には能力を出来るだけ温存しておいてほしい」
儂らは目の前に出現したスケルトンを倒すと、家屋を出て周囲を見渡す。その目に映る光景は地獄のようだった。大量のスケルトンに、鬼火のようなもやの塊から放たれる何か。それに応戦している仲間たち。
負傷者も出ている。儂は目の前に飛び出てきたスケルトンを一撃で倒す。
「牙突」
一瞬で間合いを詰めると、相手の心臓に使って高速の突きを繰り出す。その攻撃はあばら骨をするりと抜けて魔石に直撃した。相手はそのまま灰になって消えていった。
あちらこちらで戦闘がおこっているのが分かる。鈴木隊員が護衛をしながら軍師和子と教皇哲二が高台へと移動している。そこから大まかな指示を出すと、軍師和子から魔法が放たれる。
「光よ、降り注ぎ給え」
軍師和子がそう唱えると、まるで流星群のように光の隕石が城下街へと降り注いだ。不思議なもので建物や儂らには当たらず、敵対生物にのみ当たっているようだ。魔法とは便利なものだ。
あらかたの敵が片付いたのを確認すると、負傷者を集めて治療を行う。こうしている間にもまた敵が出現してくるかもしれないという恐怖と戦っていた。そして残念なことに死者が出てしまった。三名が亡くなり、12人の負傷者が出た。
「満子さん、これはどういうことかね。雨は降って視界も行動も制限されて、あまつさえ死者まで出とる。これのどこがよい結果なのだ?真逆ではないか!」
儂は苛立ちの感情そのままに占い師満子にぶつける。周りにいるものも同じような感情を持っているだろう。
「あ、あくまで数日といった。確実な日数は分からん。私もスキルの全容を把握しているわけではない」
「なら、今こそが好機、汝らの進む道にそれはあるだろう、と言ったのは?なんの根拠があったのだ?」
「……」
占い師満子は黙ってしまう。
沈黙が場を支配する。
「……どうせ死ぬんじゃ」
「え?」
「……どうせみんな死ぬんじゃ! 早いか遅いかの違いだろう! 私はもううんざりなんじゃ、来る日も来る日も訳の分からん相手と戦い、辛いことしかない。こんなのが続くのならいっそ死んでしまえばいい」
「だからって他人を巻き込むなんて何を考えている!」
「大勢が死ねばさすがに政府も動くだろう、もしかしたら帰れるかもしれない。分の悪い賭けでもなかろう」
「人が死んでいるんだぞ」
「たった三人、これでは無理じゃの。はあ」
何をいってるんだこいつは。勝手に一人で死ね! 死んでしまえ。周りからもふつふつと怒りの感情が伝わってくる。占い師満子の身勝手な行動で少なくない死傷者が出た。それをこいつは、こいつは!しかし儂はある事実に気づく。
「満子さんや、忘れてはおらんかね。鈴木隊員がいることを」
占い師満子の顔が青ざめる。そもそもここまで言っておいてその後平穏に暮らせるのかすら分からないだろうに、何か策でもあったのだろうか。
「これは立派な殺人罪ですよ。ダンジョン内だから無法というわけではないのです。ばっちり映像と証言も取れましたので、後は警察に任せるとしましょう」
鈴木隊員が前に出てきてそう言い放つ。憤怒した占い師満子が鈴木隊員に向かって攻撃を仕掛けようとするが、他の仲間に取り押さえられさらなる罪を重ねることなく終える。
こうして占い師満子による集団殺人は犠牲者を出しながらも終焉を迎えた。
しかしみんなの心に残った傷は深く、今後のダンジョン探索への在り方に疑問を持ったり、進んで挑もうという人が減ったことは言うまでもない。
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