第5話 高齢者だから疲弊もする

 初めてダンジョンに来てから十日ほど過ぎた。儂らは未だに浅い階層でゴブリンやオークを狩っている。自衛隊の人も鈴木隊員を除いてダンジョンに潜ることはなくなった。

 この十日間で分かったこともある。ダンジョン内での肉体への負荷はダンジョンから出るときに圧し掛かってくるということ。ダンジョン内では軽快に動けるものの、出てしまえばただの高齢者に成り下がる。ダンジョン内では杖なしで歩いていた人が杖を必要とするように、筋肉痛とは違った疲労感がもたらされる。


 稀にだが、オークやゴブリンが出現したところに宝箱が出現していることがあった。中身は武器だったり、よく分からない物質だったり、装飾品だったり、ダンジョンに役に立つのか分からないものも多かった。警棒と防弾ジャケットしかない儂らは、オークと呼ばれた敵対生物を倒し、その皮を剥ぎ取ることで装備として使えないかと提出している。


 草原にあの装備で出ていくのはいささか不安が残るからだ。途中まではいいかもしれないし、最後までこのままの装備でいいかもしれない。しかしそんな甘いものなら儂らを招集しないで勝手に解決していることだろう。


 宝箱から出た刀のような武器を儂は譲り受けた。暗殺者徹は短刀を手に入れていた。装飾品は鈴木隊員のスキル「鑑定士」によって分別された。魔力増大の腕輪を教皇哲二に、俊敏上昇の指輪を暗殺者徹に、気配遮断のローブを軍師和子にそれぞれ受け渡した。


 十日もすれば疲労困憊になるものも出てくる。儂らもそうだ。毎日ダンジョンに潜っていれば疲れも出てくる。年寄なのだからそれは顕著だ。

 今日は休養日ということで全員が休みになった。今後も定期的に休みは入れたいし、そもそも全員で行動することもないかとも思っている。儂らは先へ、もっと先へ進んで、政府の言う成果とやらを出さないとならない。

 ちまちまと魔石を稼いで外泊は可能になるだろう。しかしいつになれば解放されるか、その匙加減は政府が担っている。ならば文句のつけようもないくらいの結果を出さなければなるまい。幸い、鈴木隊員が映像として結果を残してくれているし、荷物持ちとして役に立ってくれている。


「こんなことくらいしか出来ませんから」


 そういう鈴木隊員は少し寂しそうだった。


 儂は部屋に備え付けられているテレビを見る。今日もニュース番組で識者たちによって高齢者特例法についての議論が交わされている。非人道的だとか、倫理がどうとか、外野は好きなように騒いでいる。しかし政府の支持率は下がっていない。多くの国民はこの状況に何とも思っていないのだ。


 高齢者は国の足枷。自覚はある、しかしこの日本を築いてきたのもまた儂らじゃろう? それを無視して姥捨て山のように捨てられるとは思わなかった。しかもここはただの山ではない。危険な生物の住まうダンジョンという山だ。

 明日の命の保証もない。しかしやらねばならない。儂には可愛い健吾がいるのだから。


 次の日、オークの皮からできた皮鎧が送られてきた。研究者も随分早く仕事をこなしているようだ。防弾チョッキよりも幾分かマシになったと思う。何重にも重ねられたオークの皮はそう簡単に貫けないはずだし、小手や足具、肘当てなども充実している。

 あくまで今回のは試供品らしく、今後も具合がよければ量産していくとのこと。これで若干の役割分担が出来た。前線で戦う儂らと、後方で素材や魔石を定期的に回収する仲間たち、そのサイクルでダンジョンを攻略していこうということだ。


 そして儂らは動けるものを呼んで今日のダンジョン探索に乗り出そうとした。一日で回復できるものは全体の半分程度で、スキルの強そうなものほど回復が早かったりしている。これは肉体にかかる負担が軽減されているからかもしれない。正確なことは誰にも分からない。


 儂は支給されたオークの防具一式に身を包み、四人のパーティーとその他の仲間たちと共にダンジョンに繰り出した。十日も経てば大分慣れてきたようなもので、それぞれがパーティーを組んで討伐に向かっていく。儂らは中央の通路を通って草原へ向かい、他の仲間は左右の道から進んでいく。今回ダンジョンに入ったのが五十人くらい、計百人がこのダンジョンに投入されている。

 剣士田中が引かれるので実際は99人なのだが。


 今のところは順調だ。儂らでもなんとかなる、そう思わせてくれる。しかしイレギュラーとはいつ何時も起きるもの。儂らが草原を抜けてしばらく待機していると、目の前から猛烈な勢いで走ってくるものが見える。


 今までは草原に出ても手前だったので敵対生物と出会うことはなかったが、今回はあちらから向かってくるのだ。あれは……馬か? 頭にはトナカイのように角があるが、その角は三本あり、どれも鋭利に尖っている。あの勢いで一突きされれば重傷、当たりどころが悪ければ即死かもしれない。


 そんな敵を前にして、儂は前に出る。回避しても後ろの仲間に被害が出る。儂は刀を両手に持ち、正中線に構えて敵を迎える。そこに教皇哲二の魔法が響き渡る。


「防御力上昇」「攻撃力上昇」


 儂の体がうっすらと光輝く、これが鈴木隊員の言うバフというやつなのだろう。実際に使ってみるまでは分からないが、今は目の前の敵に集中しよう。

 相手との距離は百メートルほどか、一瞬で詰まってしまいそうな距離だ。儂は構えた刀を突っ込んでくる敵対生物の角に合わせるように技を放つ。


「疾風刃」


 カン、と角と刀が触れ合うと、無数の風の刃が敵に向かって飛んでいき、一陣の風が通り過ぎ、相手の勢いを完全に止めた。お互いに互角、手詰まりかと思ったところ、相手は口から青い血を吐きその場に倒れ伏した。

 何事かと思ったが、何のこともない。暗殺者徹が相手の心臓をその短刀で仕留めただけだった。さすが暗殺者徹よ、頼りになる男。


「それにしても私の出る幕がないですね」


 軍師和子がそう言う。確かに今のところ彼女の力に頼る必要はない。しかし魔法が必要なときは必ず来るだろうし、多数との戦いでは彼女の真価が発揮されるはずだ。今は育成の時なのだ。儂らも含めこのダンジョンに適応していく。その期間だと思っている。


「俺らは後ろでドーンと構えてればいいんだよ!」


 教皇哲二の元気な声にみんな笑っていた。

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