第2話 スキル「剣聖」
広場から併設されているダンジョンホームに移動して、振り分けられた部屋にそれぞれ入っていく。一応個室だが、これはもう老人ホームとなんら変わりがない。ご飯は食堂で各自取る様になっており、ダンジョンに一日潜るなら携帯食も配ってくれるそうだ。
しかし、こんなまともに動けないような高齢者が役に立つのだろうか。スキル? というやつ次第ではどうにかなる算段なのだろう。儂は不安を抱えたままその日は眠りについた。
新しい朝がきた、希望の朝だ 新しい朝が来た、希望の朝だ
繰り返されるラジオ体操の一節で目を覚ます。なんとも言えない感じだ。さすがに自衛隊のような管理はされないようだ。ぞろぞろと各部屋から用意された衣服を着た高齢者が出てくる。食堂に向かうのだろう。
儂も朝ごはんにご飯とみそ汁、目玉焼きに鮭の切り身と納豆。こう見えて朝はしっかり食べるのだ。七十歳とは思えないくらい体は元気だと自負している。しかし周りを見るとよぼよぼとした者が多い。
無理もないだろう、九十歳に何が出来るというのだ。
所定の衣服に身を包み、ダンジョンホーム前の広場に高齢者たちが集まる。そしてそれぞれに防弾ジャケットと警棒が渡される。それを杖代わりにするものもいる。
「おはよう。今回は私、鈴木大地が先導するのでそれぞれダンジョンに入りスキルの確認をしてもらいたい。一番浅い層での接敵はほぼないが、気を抜かないように」
そういうとずらりと自衛隊員が並び儂らを囲んでくる。
そして急かすようにダンジョンへと先導してくる。
ダンジョンホームから少し離れたところにあるダンジョンの入口。部屋の外からも見えていたその場に似合わない異質なもの。
石造りで出来た坑道の入口のようなそれは、この世のものとは思えない何かを発していた。儂らは自衛隊員に囲まれながらダンジョンへと入っていく。
すると頭に不思議な言葉が流れ込んでくる。
スキル「剣聖」
これか、これがスキルというやつか。しかしだからなんなのだ。変わったことなど……体が軽い。軽いぞ! まるで成人したときの頃のような。
儂の驚きは周りの高齢者たちも同じようで、先程まで杖でよたよたしていた者が直立不動で立ち上がっている。これならばいける、敵対生物がいようとも負けはしまい。そんな儂の甘い考えはすぐに覆されることになる。
「敵対生物を確認! 撤退しつつ攻撃を開始する」
先頭を歩いていた鈴木大地が部隊の隊員たちを指揮する。それと同時にけたたましい爆音がダンジョン内に響き渡る。銃撃だ。発砲している。
敵対生物の姿はまだ見えないが、緊張感だけは伝わってくる。そしてしばらく後退している間に距離を詰められたのか、敵の姿が見えてくる。
緑色をした子供か? 手にはボロボロの剣を持ちとても強そうには見えない。事実鈴木が撃つたびにその数を減らしていく。……数? ちょっと多くないか? 儂は奥の方に目をやるとそれらを埋め尽くさんばかりの敵の姿が見えてきた。
一体一体はそこまでの脅威ではなさそうだ。しかしこの数相手にしては拳銃では弾切れを起こすだろう。残るのは接近戦。物量で押し込まれて終わる可能性が高い。だから撤退の指示。間違っていない。儂は大人しくそれに従おうと思った。
「ちまちまやってんじゃあないよ! 俺が道を切り開くぞ、この剣士田中が!」
儂らの集団から一人飛び出していった田中、恐らく身体能力の向上でハイになったのであろう。まともな判断が出来ていない。ちょうど鈴木の球切れのタイミングだったのも悪かった。駆け出した剣士田中を止めるものはどこにもいなかった。
剣士田中は持っている警棒を使い、敵対生物の頭を上段から攻撃する。するとまるで剣を持ったかのように敵の頭は綺麗に割れ、恐らく絶命した。その後も剣士田中の乱舞は続き、次々と敵を倒していく。しかし人間には体力がある。いくら若返ったような体になっても息切れはする。
剣士田中が前面にいるので無闇に発砲のできない鈴木隊員は判断に迷っている。全体の撤退は終わっている。これ以上の戦闘は危険である。剣士田中を止めるべきなのだ。
「田中さん、もう十分です。急いで戻ってください」
鈴木隊員の声を聞いて、剣士田中は肩で息をしていた体をこちらに向けて走り出そうとする。その足を敵対生物が掴んだ。
「あっ」
剣士田中はあっさりとその場に倒された。そして残っていた敵対生物にタコ殴りにされている。それを見て鈴木隊員が必死に発砲を繰り返すが、相手の数の多さに中々殲滅に近づかない。
「儂にも何か出来る事がないのか……」
剣士田中があれだけ戦えたのだ、剣聖の儂ならもっと戦えるのでは? 今命を散らそうとしている剣士田中の為にも、必死に戦っている鈴木隊員の為にも。考えるよりも先に儂は駆け出していた。
体は軽い。それに何故だかわかる。体の使い方、このスキル「剣聖」とやらの使い方も。
儂は走りながら体を低く構え、警棒を鞘にいれているように腰付近にあてがう。そして発声する。
「一閃」
儂が抜き身で放った警棒の横薙ぎの攻撃が、斬撃となって敵対生物を襲う。体を低くしてから放ったせいか、ちょうど敵の首や頭のところを真っ二つにしていく。奥にいた敵にまで届いたかは分からないが、一帯は青色の血で染まっていた。
「剣士田中!」
儂は地に伏した剣士田中に声をかける。
言葉は返ってこなかった。念のため脈を確認するがその鼓動を聞くことは叶わなかった。
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