姥捨てダンジョン、捨てられた老人は逞しく生き残る

蜂谷

第1話 高齢者特例法

 それは突然のことだった。


「佐々木勇夫、高齢者特例法によりダンジョンでの探索任務へと招集する」


 孫の健吾と家で遊んでいた時、インターホンが鳴ったので玄関の扉を開けて黒いスーツに身を包んだ二人組の相手を見るとそう言われた。


「は、はあ? あの言っていることがよく分からないのですが、ダンジョンってあのダンジョンですか?」


 ダンジョン。

 最近世界中に出てきたという謎の存在。世間にはダンジョンと通称で通っているが、実際のところなんて呼んでいるかなんてすら分かっていない。この男がダンジョンと呼ぶということはそれはダンジョンのことなのだろう。


「あの、少し待ってもらえませんか? 明日は旅行に行く予定ですし。そんな急に言われても困りますよ」


 儂は困ったなあという顔を浮かべながらも内心かなり焦っていた。特例法といったからにはその強制力は言うまでもない。逃げ出すか? いやそんなことをすれば家族にどんな扱いがあるかも分からない。

 とりあえず、出来るだけ日にちを伸ばすことを考えなければ。


「無論、すぐにではない。一週間後、近隣の高齢者は所定の場所に集合し、ダンジョン前の施設へと入ってもらう。それまでに家族への別れと身辺整理をしておくように」


 まるで戦時中かと思われるほど冷酷に言い放つこの男たちに怒りが湧いてきたが、ここで殴りつけてもしょうがない。

 一つ冷静になり、男たちに返事をしてその場は用紙を貰って帰ってもらった。


 何が起こったのか、全く理解が及ばなかった儂は健吾に少し用事が出来たと遊びを中断して、近くの知り合いたちを訪ねていった。そのほとんどが儂と同じような状況に置かれていることが分かった。しかし急すぎないか? 新聞を呼んでいてもこのようなことになるとは書かれていなかった。予兆もなかった。


 ようやく事の真相がわかったのは息子夫妻が帰ってきてテレビのニュースを見ているときだった。


「速報です。高齢者によるダンジョン探索の招集に関する法案を与野党賛成多数で可決されたとのことです。これにより七十歳以上の高齢者にはダンジョン探索の義務が生じ、その生活が制限されます」


 何を馬鹿げたことを、戦時中でもあるまいしそんな非人道的なものが通るはずがない。そう思っていたが息子夫妻の様子がおかしい。


「どうした?」


「じいちゃん、頼むから生きててくれ。ノルマなんていい、死なないでくれ」


 震えながら言う息子の声がやけに遠くに聞こえた。

 儂は昼間に来た男から貰った用紙にしっかりと目を通す。

 そこには今のニュースで言ったようなことが書かれていた。


 ダンジョン横にあるダンジョンホームへの入所、外出は基本禁止、ノルマを達成したもののみ外泊の許可あり。さらにこちらの定める実績を超えたもののみダンジョン探索の義務から外れることが出来る。


 具体的な数字は書かれていない。そもそもダンジョンとはなんなのだ。そういった話もなしに無理矢理進めていくのは不公平ではないのか?

 息子が震えているということは危険なのか? 儂には関係のないことだと高を括っていたのが悪かったのか。七十年も生きてこれほど混乱した日はなかっただろう。


 次の日予定通り旅行に出かけてたが、空気が重い。事情を知らぬ健吾は楽しそうだ。よく見ると同じような老人たちを見かける。

 どいつもみな悲観しているような顔ぶれだ。まずいな、戦争を体験していない世代なのに、どこか嫌な空気が漂っているのを感じる。


 そして一週間という時間はあっという間に過ぎ、その間にダンジョンに関する情報を出来るだけ集めた。しかし一般公開されているものは大したことは書かれておらず、ダンジョンの中には敵対生物がいるということだけはわかった。


 そんな危険なところに高齢者をぶち込む? 現代の姥捨て山か?


 そんな面持ちで近隣の住民たちが集まる集合場所へと向かう。高齢者と一括りに言ってもまちまちだ。儂のようにまだまだ健康なものもいれば、九十近くもなり杖を手放せないもの、さすがに寝たきりの高齢者はいないようだが、これから戦場にいくというのにまともに動けなさそうなものが多くいる。


 これで大丈夫なのかという不安をよそに、集合場所に大型バスが停められていく。そこにぎゅうぎゅうと押し込まれるように儂らが乗せられ、日本に出現したというダンジョンに向かってバスが進んでいく。


 比較的近くあったため、存外早く着いたが、みなの空気は悪い。儂だってきつい。

 儂らをバスから降ろすと、持ってきた荷物をバスから出して指示に従って並んでいく。全員が並び終えると、目の前に自衛隊の教官らしい人がアルミで出来た台の上に登壇した。


「自衛隊一等陸曹、鈴木大地である。今回特例法に従っての招集誠に感謝する。早速だが諸君らにはダンジョンの探索に加わってもらう。最初の一週間は自衛隊のサポートが入るが、それ以降は君達のみで探索を行って貰いたい。以上だ、質問はあるか」


 質問しかない。そもそもダンジョンとはなんなのだ。情報規制が掛かって何も分かっていない。


「ダンジョンは未だに未知のものだ。中には敵対生物がいることが確認されている。またダンジョンに入ることで不思議な能力を得る事を確認している。敵対生物が落とす未知の資源についても分かっていない。ただ何かに使えないかと研究を始めたところだ」


 そんなあやふやな説明で納得できるか。俺たちを間引くためにやってるんだろう。


「……国が決めたことなので私から言えることはない。ただその不思議な現象、私たちはスキルと呼んでいるがそれ次第では問題なく探索が進められると考えている。諸君の奮闘を祈る」


 そう言って一等陸曹は台から降りて去っていった。

 残された儂らはただただ困惑してその場に立ち尽くすしかなかった。


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