④外聞に蓋

 松吉朗しょうきちろうが戻ってきたのは、それからまもないことだった。

「気は済んだかえ?」開口一番、好々爺こうこうやが目を細める。瀧とヰ千座いちざは、黙ってうなずいた。もはや二人の間に、禍根かこんの入る隙はなかった。

「上々よ」カカと笑う松吉朗が、鶴梅つるうめを呼ぶ。だがやって来たのは、鶴梅だけではない。

 代田組の幹部である、赫哉かぐや青葉あおば白兼しろがねも顔を見せた。神妙な面持ちで、白兼は手を差しだした。彼の手には、ひとつの小石といくつかの釘が乗っていた。

鷺山ろざんさんは、おとこだった」しみじみと言ったのは、誰だろうか。瀧にはわからなかったが、異論はなかった。だからこそ、同時に悟った。異様な死に体を、民人に明かすことはできないのだと。

 目に同意を宿し、瀧は小石と釘を受け取った。棺窓を開けたのは、瀧である。それを閉じるのも、もちろん瀧の役目であった。

みなにお別れを言いに行きやしょう、鷺山さん」愛情深く、瀧はつぶやいた。

 二度目に触れた棺窓は、あっけないほどに軽かった。こらえた悲しみとともに、瀧は冥福を祈る。

 力の入った釘と小石が、鷺山を彼岸へ連れて行く。瀧の目頭に、再び熱いものが込みあげる。されど瀧は、ひたむきな手を止めなかった。

 一本目の釘は、謙虚に窓を縫いとめた。逡巡しゅんじゅん する瀧の背に、松吉朗の手が迫る。

 瀧は黙って、松吉朗の手に小石を渡した。松吉朗は軽快に、要領よく釘を打った。

その次には鶴梅が担当し、力強く釘を刺した。

今度は白兼の手に渡り、実直な釘は埋もれていった。

せっかちな青葉が打った釘は、斜めに沈んでいった。

だが赫哉の釘はもっと不器用に、時間をかけて窓を閉じた。

そしてヰ千座は、誰よりも時間がかかった。最期の釘を打つまでに、彼は何度も鼻と目をこすっていた。葬儀の時間も間近に迫ったが、邪魔する者はいなかった。それでもヰ千座は、釘打ちを成し遂げた。感慨深かんがいぶかく、全員は顔を見合わせた。

 最後の大仕事として、仏間に棺を運び入れる必要があった。松吉朗を除いた六人が、棺を持ちあげたとき。

――ああ、なんて軽い体なのだろう。一様いちように、皆が思った。ゆえに瀧たちは、丁重に鷺山を連れだした。武勇で知られる彼が、こんなにも小さくなったことを悟られぬように。

 そんな涙ぐましい努力によって、鷺山の葬儀は幕を閉じた。老いも若きも民人は、鷺山との別れを惜しんで涙を濡らしたという。

誰も、波藤はとう産院の真相を知らず。

誰も、姿をくらました因羽いなばの行方を知らず。

誰も、鷺山の死に様に疑いを抱かず。

鷺山の名譽めいよは、守られたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る