六章:譽の花は城に咲く
①不吉な香典
午前八時半過ぎ。
「ま、ええやろ。多少は見違えたんやない?」背中を
「いつ、用意したんですか」初めてとは思えぬほど、丈や寸法が合っている。
「
「瀧さんがダメにした
否。あんな終わり方、勝ちと言えるはずもない。鷺山への罪悪感で、瀧は満ち満ちていた。
「辛気臭い顔してる場合とあらへんで」ふん、と赫哉が鼻で笑う。
「見てみぃよ、鏡。どんだけシケたツラしてるか、わかった方がええ」そう言われてしまえば、瀧の視線も
「せっかくええもん着てるんやから、ええ格好せな」瀧の背を、
「そうだな、
入れ違うように、廊下の奥から慌ただしい足音が響く。
「失礼する」やって来たのは、武器職人――
「
「
中島組――
音もなく瀧は、座敷から飛び出した。上質な
瀧は、受付の様子を伺った。受付を担う
「なんの騒ぎだ」いかにも無知なそぶりで、瀧は門をくぐった。パッと振り返る佐銀は、殺しの
瀧の目前に入っているのは、二人の男。――白髪紫眼の
「テメェが
うなずきながら、瀧は平静に返す。
「
「要らねぇよ、そんな紙ッキレ」ハッと鼻で笑う心貴に、瀧の視線が香典袋に落ちる。
「『中島の双子は怪人をも泣かせる』。
「どういう風の吹き回しだ?」心貴は愉快そうに、ニタつかせるばかりだ。意外にも口を開いたのは、その隣にいる弟のシキだった。
「たしかに貴方がた代田と、我々中島は殺し合う仲。とはいえ弔意を示すくらいなら、何の問題もないはず。そうでしょう?」
「だからって朝一番にやって来るのは……」困惑する佐銀に、シキは友好そうに微笑む。
「素卯さんの人となりを考えればおのずとわかりませんか? いざ葬式が始まれば、カタギもやって来るでしょう」メンチを切りながら、心貴が後に続く。
「気前のいい俺様がくれてやってんだ。文句あるか?」一理ある。が、瀧はまだ納得できなかった。不自然な香典には、札束以外の何かが詰まっているはずだ。だが添えられた義理を無碍にすることは、明確な敵意を示してしまう。相手の顔を立てながら、瀧はこの場を収める必要があった。
「ああ、」だしぬけに声をあげたのは、心貴だった。
「水引をつけ忘れちまったなぁ」パチ、と軽快な金属音が響く。心貴の手中には、細身のナイフが握られていた。スティレットと呼ばれる、イタリア伝統の折り畳みナイフだ。
「待――」瀧の静止よりも早く、刃は心貴自身の親指を引く。シキの右手が香典袋を掴み、心貴へ差し出した。滲む鮮血は、真っ赤な水引を力強く描いていく。
「三ヶ月後には、倍にして返してもらおうか」不敵な宣戦布告とともに、今度はシキが香典が叩きつける。
呆気にとられる佐銀に、「代田も腑抜け揃いになったようですね」とシキが囁いた。悪童二人が、停めていた車に乗り込もうとした時だった。
「厚さ四センチ、単純計算で四百万ってところか」せせら笑うような瀧に、思わず双子が振り向く。
「
「こンのクソガキ! ふざけんな、誰が貧乏だって⁉」
心貴が噛みつくも、瀧は動じない。その両手は、優雅にも香典の端同士を掴んだ。瞳孔がカッと開くと同時に、瀧の腕に青筋が浮く。異様な雰囲気に、心貴の息が一瞬止まった。
「貴方……」シキの咎めも、瀧の耳には届いていなかった。
紙幣が
「――――ッはッッ‼」
唯一の発声とともに、香典は横真っ二つに分かたれた。双子と佐銀は、
「これでチャラだ」心貴とシキ。それぞれに袋を渡し、瀧は言い切った。
「――いい根性をしてますね」ようやく出たシキの一言に、心貴はケッと答える。だが二人の口元は、
「よぉーく分かったぜ、脳筋のトンチ野郎」
憎しみと親しみをもって、心貴が荒っぽく車を開ける。シキもそれに
「思ったよりも長く遊べそうですね、兄さん」
今度こそ、厄付きの双子は去っていった。だが瀧の
「すまねぇです、瀧さん。俺が不甲斐ないばっかりに……」頭を下げる佐銀に、瀧はようやく呼吸を思い出す。親指の出血も、いつのまにか生乾きの瘡蓋と化していた。心配そうに見つめる佐銀に、瀧は
瀧がもう一言だけ、気を利かせようとしたときだった。
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