断章ノ参:魔法少女はかしましやましい

①魔法少女の学び舎

 宝来区のどこかに、少女ばかりが暮らす学園があるという。その名も、永延聖常生女学園えいえんせいじょうせいじょがくえん。魔法少女たちの、秘密基地である。学園で共同生活を送る魔法少女は、およそ百名を超すともいわれている。

 そんな神秘に満ちた学園の、とある一室にて。四人の少女と一人の魔法少女が、円卓を囲んでいた。上座におわす白銀髪の少女――やなぎサラが口を開く。

波藤はとう産院での現場検証、ご苦労さまでした。所轄しょかつの警察官からも、お二人がいて心強かったと伺いました」

 下座にいる少女二人――たいらこころと、遊久良ゆくらミサキはうなずいた。もっともこころの肯首は、ふわふわとかしげるようなものだった。彼女の隣にいるミサキを除き、最高権力を持つ生徒会のメンバーが揃っている。しかもサラは、副会長ナンバーツーを務めている。自然体であるこころを、ミサキはうらやんでいた。いっぽうのこころは、ミサキの心情など知らぬ様子でサラの言葉を待つ。

「警察から提供された情報と、平さんたちの情報。これらをすり合わせながら、真実を推定しましょう」言葉尻とともに、サラの右手がそっと差し出される。こころは、意気揚々と口を開いた。

「えっとぉ、まずは事件の概要がいよーだね! 事件が起こったのは、千仁町せんにんちょうのはずれにある波藤はとー産院だよ。入 院にゅーいん してた患者さんと、お医者さんの夫婦と、それからヤクザさんが――」

「死者と行方不明者の数は、それぞれ七名と十名。被害総数は、計十七名となります」指折り数えるこころを、ミサキがさえぎ る。こころはわざとらしく口をとがらせるが、ミサキの言葉は続く。

「現場となった産院ですが、実際には暴力団関係者の利用が多かったようです。死亡したうちの二名は、銃火器を所持していました」

「千仁町ってぇと、代田組しろたぐみのシマかな」

 サラの左にいる和装の少女――千々満ちぢみツル子がつぶやいた。安土桃山の以前より、ツル子は魔法少女として活躍している。歴史の生き証人として、彼女は不足なしだった。

「暴力団絡みなら、抗争が関係してるかもしれません」凄惨な現場を想起しながら、ミサキは進言した。

「それはあり得ねぇな」だがツル子は、あっさりと両断する。

「代田が派手にやり合った相手っていうと四目組しのめぐみになる。が、代田の組長が四目を殲滅してる。それだって、二十年以上も前の話だぜ」椅子の上であぐらを組み替えながら、ツル子は二の矢を継ぐ。

「今の代田と不仲なのは、中島組の双子くらいか。しかしアイツらのシマは、隣の百井戸もいどだぞ」

「わざわざ喧嘩を売るには、目立ちすぎるということですね」サラのまとめに、ツル子はうなずいた。

 折を見てミサキは、口を開いた。

「血痕の量から見て、行方不明となったうちの二人は死亡しているものかと思われます」

「……あの、」雪色の肌を持つ魔法少女――バグミーコロンバインは、おずおずと口に出す。

「産院ってことは、赤ちゃんがいたってこと……?」

「行方不明となっているうちの八名が、新生児に該当します」ミサキの返答に、コロンバインは気絶しそうな表情に変わった。

 良くも悪くも彼女は大変ウブで、矢面に立つこともほとんどなかった。心が咎めながらも、ミサキは言葉をつむぐ。

「七名の遺体は、一部切断されているのが確認できました。欠損部位については、現在捜索中です」

「欠損部位特徴や共通項は?」間髪入れず、ツル子が問うた。

「手や足、頭部の一部といった、末端部位ばかりです。私の想像ですが、おそらく内臓は汚れが付着しやすいから避けたのかと」

 ミサキの答えに、ツル子は貧乏ゆすりで返す。しつらえのいい椅子が、ギシギシと木を歪ませた。威圧的な音だが、ミサキは動じず意見する。

「変な話、比較的きれいな切断面でした。血の固まり方から見て、死亡した後に切断したのかと」

「なら捕食目的の可能性は低いかもな。ほとんどの怪人は、衝動にまかせて暴れる」ミサキの見立ても、おおむねツル子と同じだった。捕食の場合、現場はもっと惨いものになりやすい。

「でもぉ、ちょっとヘンなんだよ〜」こころの発言に、ツル子は猛々しい目を向けた。あくまでもこころは、マイペースを貫く。

「産院のカルテで確認かくにんしたらね、いなくなった赤ちゃんと同じ体重の分だけ、遺体いたいが消えてるの〜」明るく言うこころに、ミサキは驚く。

 検証中のこころの足取りは、散歩するような頼りなさがあった。だが実際には、鋭い洞察力を持ち合わせていたのだ。同じようにツル子も、わずかに目を見張っていた。

「……では、偏執へんしゅう的な嗜好をもつ怪人の可能性も否めませんね」取りまとめるサラに、こころはニコニコとうなずく。

猟奇りょーき的な殺人の可能性もあるけどねっ」誰よりも物騒な発言である。引き気味のミサキは、サラの右隣にいるコロンバインと目があった。彼女の目は、ひどく潤んでいた。それに気づいたツル子が、身を乗り出して吠える。

「おい、役立たず。泣くのは後にしろや」哀れなコロンバインは、ぐしぐしと金色の目をぬぐった。しかし涙は、一向に止まる様子がない。

 苛立ちのままに、ツル子は睥睨してみせた。もとより生粋の武闘派魔法少女である。その気迫は、弱小怪人であれば怯むものがあった。両者に挟まれるサラは、平然とした様子で報告を促す。おずおずと、ミサキは口を開いた。

「産院の屋上でも、新たな血痕が確認できました。出血量から見て、おそらく生きてはいないと思いますが」

「んでも、怪人がいた形跡けーせきがあるんだよねー」相変わらずこころは、ふわふわと言葉を繰り出した。

「ドアノブを引きちぎったり、魔力の残滓ざんしがあったり」たしかにその点は、ミサキも気にかけていた。現場では、ダクトの蓋がいくつか外れている箇所もあった。その中に潜伏していた怪人が、何者かによる凶行を目撃していた可能性もある。

「しかもその怪人、現場近くをパトロールしていたパトカーもぺっちゃんこにしちゃったっぽいよ」くしゅっと手を握るこころに、コロンバインは目をつむる。

「ではやはり、目撃者もいないのですね」

「そーだね、サラちゃんの言うとおりだよ〜」うんうん、とこころはうなずいた。サラは無機質に、ミサキとこころの両者を見つめた。

「犯人は怪人とも、人間とも言える。判断のしにくい事件ですね」

 一同が考え込み、しばらく経った時だった。

「この事件、俺たちが預かればいいんじゃねえの?」ツル子が、ぽつと切り出した。

「怪人が関わってる可能性が一つでもあるんだったら、警察じゃムリだろ」

 一理ある、とミサキはうなずいた。まばたきを忘れていたサラも、同意を示した。こころは茫洋ぼうようとした様子ながらも、否定はしなかった。コロンバインは、モゴモゴと何かを言いかける。だがツル子が、その口を塞ぐように話し始めた。

「見つかるかどうかも分からねぇ人間よりも、痕跡こんせきのある怪人のほうがよっぽど脅威じゃねぇか。市井いちいの人も、それじゃ安心できねぇだろ」だからこそウソが必要なのだ。ツル子はそう説いた。

 コロンバインは、うつむきながら沈黙した。もとより彼女は、代案など持ち合わせていなかった。


 かくして波藤産院事件は、日本三大怪人テロとして数えられるようになった。

 

 

 

 

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