②瀧桜閣という仁義

 欲望のオアシスこと千仁町せんにんちょうには、『平和な戦場』と呼ばれる場所がある。その名も、千成せんなり総合病院という。院長を勤めるは、外科医の傍成柏そばなりかしわ。彼は世界戦争中、軍医として海外に派遣された経験を持つ。お世辞にも治安がいいとは言えぬ千仁町の医療を支えるには、不足なしの人材である。

この日の院内も、幅広い不調を訴える人間でごった返していた。

荒事で負傷した者からあぶく銭を投じて酔いつぶれた者まで、さまざまな主訴がロビーを飛び交っている。

 されどロビーに向かって瀧が踏みだすと、怒号未満の喧騒がいだ。腰に提げた刀剣がチャリチャリと音を立てるにつれ、人だかりがそっと引けていく。千仁町において、武器を携行する人間は珍しくもない。抗争や喧嘩は日常茶飯事のため、皆慣れていた。

 瀧が避けられたのは、若くして身につけた殺しの所作に他ならない。平均よりも高い身長、引き締まった貌立ちに、隙のない足取り。はらから滲む、修羅の殺気。衆人の恐怖をかき立てるには、十分すぎる材料だった。人垣の分け目を、感慨もなく瀧は歩いた。

 杓子定規な足取りは、彼をエレベーターホールに導いた。瀧の頭上にそびえる天窓は、空高く柔らかな日差しをもたらしている。だというのに、うら寂しい空気が拭えぬ空間だった。瀧がボタンを押すと、地続きにズンと衝撃が走る。待機していたエレベーターが、降りてきたらしい。自転車のベルよりも軽快な音ともに、エレベーターの扉が開く。ホールと同じく、その中は無人だ。サッと乗り込んだ瀧は、しかし首をかしげた。

 素卯鷺山しろうろざんは、最上階の角部屋にいる。後賭場ヰ千座ごとばいちざが率いる隠密こと、影見かがみの女はそう言っていた。

 されど最上階である四階は、エレベーターのボタンが塞がれていた。四階は死を連想させるため、病院は使用を避けていることが多い。同じく千成総合病院でも、四階は医療従事者の休憩スペースとして利用されていた。

 だが世俗にうとい瀧が、慣習を知るはずもない。エレベーターを乗り捨てて、瀧は階段に迫る。鍛え上げられた瀧の肉体は、かげ馴染なじむように段を踏む。靴音と地の摩擦音をひとつも取りこぼさない有様だ。内密に動くあまり、各階の看護婦も瀧には気づかなかった。

 およそ三十秒の間に、瀧は四階まで上りつめた。瀧にしては、ゆっくり歩いたほうだった。

「よぉ、お疲れさん」

暗がりから聞こえた声が、かすかに乱れた息を整える瀧に届く。

「お久しぶりです、ヰ千座いちざさん」

かつて自身を拾い上げた男に、瀧は深々と頭を下げる。

「やめてくれ。おらぁ、エンコを飛ばしかけた男だぜ」

ヰ千座の自虐は、むろん那優太なゆたの件を指している。しかしヰ千座がひらつかせている右手は、五指満足といった様子だ。

「失礼を承知で言うと、次は冗談で済まされませんぜ」

呆れたように言う瀧に、ヰ千座は肩をすくめる。開き直った態度だが、鷺山への憧憬を手放した風でもある。あれほどの執着を捨てたとなれば、指詰エンコよりも厳しい罰を受けたのかもしれない。自信をもって、瀧は悟っていた。

「……鷺山さんは?」

瀧の問いに、ヰ千座はスッと目をズラして背を向ける。

「分かってると思うが、内密に、な。――何があっても驚くんじゃねぇぞ」

ドスを呑んで軽薄さを殺し、ヰ千座は言った。

 忠告通り心身改め、瀧はヰ千座の後を追う。暗がりの回廊からは、消毒液の匂いで満ちている。ツンと鼻をつくエタノール香には、線香の匂いも薄く混じっていた。

 ようやく瀧は、四階の不吉さを悟ることができた。鷺山の容態は、芳しくないのだろうか。かかえ持つ土産から滲む人情に、瀧は後ろめたい気持ちになる。

 もとより瀧の直感は、人よりも優れている。それが死に関するものなら、なおのこと当たりやすい。命の死戦やりとりにおいて、動物的な勘は勝利を導いてくれる。そして相手の死こそ、自らの勝利に他ならない。

――だけど、ここでは違うじゃないか。鷺山さんは、俺の敵ではない。当たるな。当たってくれるな。生まれてはじめて、瀧は祈る。人を殺し、返り血を浴びた胸のうらで、死に向かって懇願こんがんする。されど祈りのために与えられた時間は、とても短かった。

 なかば夢心地で、瀧はヰ千座の手を見ていた。いよいよ、瀧は鷺山と相対する。ほのかな灯りが漏れる角部屋の前で、瀧の足が止まった。

たきか」

室内から呼ぶ鷺山は、普段と変わらぬ調子だ。ついで新聞をたたむ音がして、かすかに衣ずれが響く。はらを決め、瀧は入室した。

 そこは、病室と呼ぶには広すぎる部屋だった。がらんと広がる白い虚無のなか。ベッドと点滴台が無人島のように、素卯鷺山しろうろざんの命を繋ぎとめている。その手前には、簡易ベッドがポツンと追従していた。一握いちあくの幹部は、寝食を共にしている。組内で漂う噂は、どうやら本当だったらしい。納得する瀧の前で、痩せおとろえた腕が動く。

柳枝りゅうしがそよぐ抜刀術は、すっかり枯れているようだった。

「お前さん、また背が伸びたんじゃないか?」

左目を覆う包帯に触れながら、鷺山は首を向けた。ゆったりとした動作は、額面通りであればかつての活躍を予感させる。が、実際にはとっくに錆びつき、油を注しても元には戻らない。ただ「手遅れ」という言葉が、木霊のように響いている。

 ああ、こんなにも小さいおとこだったろうか。土産を抱く瀧の腕に、力がこもる。

「瀧」

ごく短く、ヰ千座がたしなめる。

「――遅くなりまして、すいません」

あわてて瀧は、頭を下げた。

 鷺山は、フッと笑った。

「まあ、座れや」

細すぎる腕が、カーテンのかかった窓際を指す。

 窓の下には、パイプ椅子が折りたたまれている。数を見るに、この部屋はもともと会議室か倉庫だったのだろう。ますます瀧は、嫌な予感を強めるばかりだった。

「ここへ来るまでに、ずいぶんモテたようだな」

おどけた調子の鷺山に、瀧は緩慢かんまんな動作で土産を紐解いた。

「滋養焼きだ……」

垂涎といった口調でつぶやくヰ千座に、鷺山がそっと手を差し出す。許しが出たところで、ヰ千座は滋養焼きに手を伸ばした。

「有り難いねぇ、瀧。ここの病院、メシがマズくてマズくて。袖にするのも悪いから、きっちり食ってはいるんだが」

メシ、出るんですか」

鷺山は絶食のはずだが、と瀧は首をひねる。

「ヤクザが怖いから、奉公してくれてるのさ」

冗談めかしながら、鷺山は蕎麦ボウロをつまんだ。

「もっとも院長の傍成そばなりさんには、ずいぶん無茶を通したんでね。払うもん払って、目ェつむってもらってるんだわ」

ガリガリとボウロを頬張りながら、ヰ千座は言った。救いようのない甘党を怪訝けげんに眺めつつ、瀧は思い出す。表向き、千成総合病院は中立的立場を貫いている。千仁町のどこで抗争が起きようと、門を叩けば全てを受け入れてしまうのだ。もっとも傍成院長も、丸腰で荒くれ者の治療をしているわけではない。噂によると、院長はある程度の武力を隠し持っているらしい。常識では考えられない話だが、千仁町においては得策である。

 鷺山とヰ千座の話が途切れたところで、瀧はそっと切り出した。

親父おやっさん、体のほうは……」

思いのほか、悲痛な響きがにじむ。

本人とて、想定外のことだった。鷺山は、目を伏した。

の話をしようと思って、お前を呼んだ」すなわち、後継のことだろう。

 覚悟していた瀧だが、口に出されると辛いものがある。切なく締め上げられる臓腑を瀧はいなし、ふたたびはらを決めた。

「……こんななりなんでね。分かっちゃいると思うが、もう俺はお払い箱よ」

左目に手を当てながら、鷺山はわらう。

「瀧」

「はい」

かしこまる瀧を解すように、鷺山は言う。

刺青スミは、何処まで咲いたんだい」

その心配りを無駄にすまいと、瀧はすかさず立ち上がった。グレイの上着を棄て、白いシャツを剥ぎ、瀧は鍛え上げられた背中を晒す。

――瀧の両肩から肩甲骨にかけて、桜の枝がいくつも伸びていた。花はひらひらりと綻びながらも散り、生花としての儚さを強調していた。残念ながら腫れが引かぬため、花弁はやや紅い。まさしく血の色を糧とし、桜は咲いていた。花の散った先には、見事な城がそびえ建っている。代田組にふさわしい楼閣を、瀧桜閣自身が築く。

決意の込められた城下では、虎がえる。その気迫は、瀧の若気を示していた。

「おう、おう、桜が咲いてら!」

頑是がんぜない鷺山の声に、瀧は首を回した。

「まだまだ、五分咲きですよ」

瀧の謙遜に、ヰ千座がうなずく。

「とっくに世間じゃ葉桜だぞ、お前」

揶揄からかうヰ千座へ、瀧が参ったように笑った。

「今朝方ようやく彫り終わったんで、勘弁してください」

瀧の指す先には、うなじから背筋を覆うガーゼがあった。滲出液しんしゅつえき に染まる綿の下には、捨身飼虎しゃしんしこという言葉が彫られている。

 まだ幼い瀧に向かって、鷺山が説いた言葉である。瀧の記憶の中にいる鷺山は、手心なく意味を突きつける。

『虎を前に背を向けるな、捨身で挑め』

 真剣を握る幼い瀧に対し、鷺山は木刀一つで身を守ってみせた。たとえ虎の牙が木で造られていようと、心一つで鋼になり得る。その日以来、瀧は精進を欠かさなくなった。

「……ほまれの桜が咲くか、俺がくたばるか。どっちが先だかなぁ」

鷺山のぼやきに、瀧の憧憬どうけいも色あせていく。室内は、シンと音を失くした。

桜閣おうかく

柔らかな鷺山の声に、瀧は振り向く。彼の上体は自然とかしずき、鷺山への尊敬を表していた。

 鷺山は、重い口を開いた。

「お前を、代田しろたの次期組長として任命する」

ひとときの間を置き、瀧は問いを投げかける。

因羽いなばさんは、どうするのですか」

だが結末は、すでに想定していた。そばに控えるヰ千座が、二振りの刀を差し出したからだ。

「戦前から伝わる、素卯家の宝刀よ」

鮫皮さめがわこしらえを受け取り、鷺山は続ける。

「一時期は土に埋めていたのだ」

「軍からの接収逃れ、ですか」

瀧の返しに、鷺山がうなずく。

「おかげで空襲からも逃げ切って、掘り起こしても綺麗に残っていた。それで、市中の怪人をなますに斬ってやったわ」

機嫌良く鷺山が笑うも、瀧はおぞけが立っていた。老いた病身より、なみなみと血の巡る気配がしたからだ。

「だからよ、瀧。因羽も土の中に仕舞って欲しいんだわ」

やるせなく鷺山が、義を口にする。瀧は、かける言葉が見つからなかった。何も言えなかった。

 瀧の戸惑いをよそに、慣れた手つきで鷺山は刀を抜く。

「こいつは、長曽禰興里虎徹ながそねおきこてつ。江戸時代の名工だ」

現れた刃は、剛直かつ威圧的な空気を放っていた。

「偽物も多いが、こいつは鑑定士からの折り紙付きだ」

先ほどまでの好々爺こうこうやぶりとは打って変わって、鷺山は刃文を鋭く射抜く。ただそれだけなのに、瀧の背中はプツプツと汗が噴き出していた。

「そら、間近で見てみろ」

差し出された虎徹を、瀧はうやうや しく受領する。

 鋼にはごく薄く、青が混ざっている。 きっさき からしのぎ にかけ、規則正しく数珠のような刃文が並ぶ。まろやかな刃文も、峰へ向かうごとに揺らぎ、茫洋ぼうようとした波へ変わる。やがては瀧清水たきしみずとして、刃文は芸を終えた。まさしく瀧は、虎徹に魅入られていた。

「――瀧」

彼を現実に引き戻したのは、鷺山の声であった。

に気取られてる場合じゃねえぜ」

 そうだ、と瀧はうなずく。刀を遣うのは、人間。瀧桜閣という人間は、虎徹に遣われてはいけないのだ。しっかと自我を戒め、瀧は鷺山へ視線を送った。

「こいつもくれてやる」

鷺山は饒舌に、言葉を紡ぐ。

 虎徹の鞘と共に渡された刀は、先よりも大振りなものだった。鞘を覆う光沢のある黒は、漆なのだろう。実用性と美を兼ね備えた鞘は、瀧の手に良く馴染んだ。

 鷺山は、次の抜刀を心待ちにしていた。そつなく虎徹を鞘に収め、瀧はその期待に応えることとなった。

「おお……」

瀧の口から、気圧けおされた声が漏れる。

 スッと出でた刀身は、瀧の想像よりも細く、女性的な出で立ちであった。鋭利な切っ先はやや反っており、通常の刀よりも長い。瀧の目方めかたでは、少なくとも六センチはあるように思えた。鋼の色は、やや黒みを帯びている。青を抱いた虎徹よりも、やや硬派な輝きを湛えていた。刃文は寸分の狂いもなく、直線的であった。きっさき から金のはばき まで隙もなく、それは愚直に奈落へと落ちる。とりとめもない夢想に、瀧は浸った。

薙刀なぎなたを刀に直したものらしい。銘はないが、どうしてもそばに置きたかったのだろう」

「だからきっさきが長いのか」

鷺山の注釈に感心し、瀧が刀を持ち直したとき。

「――!」

刃には、人外の眼差しが映っている。思わず瀧は、そう錯誤さくごした。

 日本刀の表面は、鏡のように物を映す。刃と地の色を同化させることで、一種のステルス効果を担うのだ。会敵する者は刃の長さが分からないゆえ、立ち回りに苦労するという。瀧自身、鷺山からそういった話を授けられていた。

 だが瀧が驚いたのは、単純な話ではない。無銘の刀は、瀧の姿を借りて、瀧を品定めしていた。冷徹さを抱く双眸そうぼうは、微かに目尻を下げている。因羽殺しの命を受け、未だ咀嚼そしゃくしえぬ青二才を、無銘は嘲笑あざわらっている。

なかごには、一言だけ朱銘しゅめいが入っているんだ」

鷺山の声が、遅く瀧の耳に入る。

「八ツ胴截断せつだん

対岸の向こうから、呼ばれているような声であった。

「罪人の死体を使った試し斬りで、一刀両断した数だとされている」

瀧は、三途の岸辺を夢想していた。積まれた死体は、計八体。

恐怖に満つ顔。

悲鳴を上げる顔。

怒気で紅潮した顔。

口角に泡を貯めた顔。

痛みに歯を食い縛る顔。

枯れた涙を流しかける顔。

死を受け入れず尚も瞬く顔。

目が落ちそうなほど見開く顔。

 艱難辛苦かんなんしんくに塗れたそれらが、因羽の顔で出来ている。無名の侍が、刀を振るう。

無銘の刀が、因羽を切り刻む。紙を切るよりも容易く、命の重さを振るって肉をつ。幻景げんけいを前に、瀧の腑はストンと落ちた。

 今、この瞬間。因羽が息をし、市民相手に喧嘩をし、無駄な生を謳歌していようと、彼は死体だ。

何も難しいことはない。瀧は、次期組長としてを任されただけなのだ。

 そうか、そうか。瀧はうなずき、無銘を納めた。

はらは決まったか」

ヰ千座の飽いた口調に、瀧は微かに笑った。彼の微笑を見た鷺山は、一枚の通帳を差し出した。

「……何の真似ですか。親父おやっさん」

表情を引っ込め、瀧はドスの効いた声で問う。

「なに、ケジメのようなものさ」

受け取らない瀧に、鷺山は頭を下げる。

セガレの育て方をたがえたのは、この俺だ。身内の不始末、お前に押し付けてすまねぇ」

ベッドの上で跪坐きざし、鷺山はこうべを垂れた。驚くのは瀧だけで、ヰ千座は不甲斐ないといった表情だ。ヰ千座が責めるのは、己か。狼狽える瀧か。

それとも、鷺山の奇行か。瀧には、分からない。

「止めてください、そんな……」

瀧がようやく声を出したのに、鷺山の言葉が重ねつぶす。

「五千万」「は、」

「左目、肝臓、右の腎臓、ありったけの血液。この老耄おいぼれを売っぱらって得た金だ」

「――――ッ!」

ヰ千座さん、と言いかけて、瀧はやめた。

 なぜ、どうして、鷺山を止めてくれなかった。問いただしたい傍ら、鷺山の気質を瀧はよくよく理解していた。

 鷺山は、やると決めたらやる男だ。土中に宝刀を埋める度胸があり、民草を護ろうと怪人を退け、焼却され尽くした千仁町を、日本一の歓楽街へ導いた。理想と他人の幸福の為であれば、このおとこは私財を投げ打つ。

「因羽を墓の下に送りこまねぇと、皆に申し訳が立たねぇのよ」

低頭から戻ってきた鷺山の目には、揺らがぬ意志が燃えている。だからこそ瀧は、覚悟の決まった仁義の通し方に惚れていた。

 いわばこの状況は、据え膳である。鷺山を慕うのであれば、瀧を貫通せしめる仁義を、ただ穿うがたれるだけではならぬ。鷺山の根性を、瀧は芯のうらから溢れる情で囲い、覆い、くるむ。こしらえを掴む瀧は、手汗もろとも握り潰さんとしていた。血の上った手が、赫赫あかあかと燃える。柔らかな鷺山の呪縛と、包囲する瀧の誓約が鋼のように融け出す。

――胸の奥で、瀧は灼けている。恩寵おんちょうと、忸怩じくじと、責務と、名譽と、感謝。その他言葉にならぬものが、万感の炭として存在し、呪縛と誓約が燃え尽くさんとする。燃ゆる使命を背負うことで、本当の意味で頭を使わずに済むという道もある。ただがむしゃらに己が道を突き進むことで、ずっと理想を成し続けるという道だ。

――だが、向いていない。瀧は、自身を断じる。人が喜ぶことは、なんだってしてやりたいと瀧は思う。だけども悲しいことに、人の欲は尽きない。だから不幸が起こる。だからこそ瀧は、喜びを成したかった。ほまれの桜を添え、慶びという名の城を砂上ごと瀧は背負う。

 幼かった瀧が、鷺山の背中せなに憧れを抱いたように。素卯鷺山の為に。日陰の番人たる代田組の為に。千仁町を生きる者の為に。瀧自身の為に。瀧は鋼の意志を掴み、誓いを重ね、奉仕を想い、衆生済度しゅじょうさいどを祈る。まさしく鍛刀さながらの、自己革新であった。

「――――つつしんで、仰せつかります」

ベルトの左右に刀を差し、瀧はうなじのガーゼを取り払う。

親父おやっさんのはらぁ見せてもらって、俺の刀に芯が入りやした」

鷺山は、息を呑む。

快活に振り返る瀧は、血桜を背負っていた。

「この瀧桜閣。譽れの桜と共に、人生懸けて代田と心中致しやす――!」

 

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