②泥の舟を練る
「――すまなかった」
「私は、間違っていたと思う。
断片的な焦燥感が、寛治の声を後押しする。
「今からでも、
寛治の目には、厚かましい
「今の因羽に必要なのは、自由だと思います」
「それと、精神的な拠り所も」
六出と寛治の要求に対し、
「どちらも叶えられるスキルを持った方をご紹介しましょう」
言い終わるが早いか、イズナの
本能的な緊張を持つ寛治たちの前で、布は青黒い肌へ変化する。そしてスーツがはだけると、天に向かって新たな腕が現れ
「お立会いお立ち会い。物の流れは欲の流れ、欲の流れは物の流れ。資本と共に産むるは人の
イズナの口上が、四つ腕を虚空に引き上げる。突き出た手の先で、彼は何かを掴んだ。
「さあ、お
引きずり落とすように、イズナが平伏する。
気づけば彼の隣には、何者かが立っていた。それは、浅黒い肌の男だった。だがまばたきした寛治は、女のようにも見えた。しかし六出が目をこらすと、幼い少年にも思えた。かと思えば寛治には、中性的な老人にも
「見てのとおり、魔法によって
「ここでは、
イズナは、
「ユニークな怪人だってことは、よく分かった」
評しながらも寛治は、具体的な想像がついていなかった。
面手医師はなぜか、寛治に近寄った。
「院内に、不要な人材はありませんか?」
居心地悪く、寛治はうなずいた。六出のもとから金を持ち逃げしようとした男が、一人いる。
「どうぞ彼を、ここへお呼びなさい」
ゾッとしながらも、寛治は人材を用意した。
「昨日ぶりだね、マサオくん」
六出の手がヒラヒラと、鼻先を掠めた。
「私の腕は、たしかなものです」
面手医師が、ポツとつぶやく。
「私の手は、貴方のためにあるのです」
面手医師の声には、
「あなたの望む
面手医師の視線は、六出と寛治をするどく射抜く。動じる寛治に、六出がそっと手で静止する。
「僕が望めば、彼の顔を変えられるのか?」
面手医師が、静かに肯首する。
意を決して六出は、懐から一枚の写真を取りだした。草津温泉の一角で、浴衣姿の青年が二人写っている。一人は、若いころの六出である。その隣にいる男の腕には、幼い子どもがしがみついていた。六出の指が、たくましい男を差す。
「この人は、椿さん。チビだった因羽は、テキ屋の
しみじみと懐かしむように、六出は続ける。
「僕と因羽を全国どこへでも連れて行ってくれた。あの子にとっては唯一の、家族写真なんだ」
面手医師は、感情のない
「本物の椿さんは、肝硬変で亡くなってるんだ」
「それでも僕は、かわいい甥にもう一度会わせてあげたいんだ。彼がいれば、きっと因羽は……」
その先を遮るように、面手医師が手をあげた。ただ一言、彼は言う。
「あなたの
面手医師の手が、無遠慮にマサオの貌を
「――――ァアアアア……」
震える声は野太く、野生的だった。
気づけばマサオの図体は、
「これは――」
絶句する寛治が、ようやく言葉を思い浮かべる。
「
面手医師からの淡白な問いかけに、六出は軽く首をひねった。
「……写真の椿さんは、二十年前の姿だからな」
ごもっともな指摘である。
面手医師も納得したのか、再び両手が伸びた。マサルだった男から、醜悪な悲鳴が上がる。
はたして、これでいいのだろうか。寛治の胸の内に、疑問符と花緒の姿が浮かぶ。内なる花緒は、何も答えずに微笑むばかりだった。
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