④待ち侘びた再会
一九五八年、四月。
「……今日だっけねぇ、鷺山さんよ」
床に就いた
「むつと、いなばが帰ってくんやろ」
側に控えていた鷺山は、深くうなずいた。濯姫の喪が明けるよりも早く、鷺山は
恥を忍んで男やもめになったわけを話したところ、知人はずいぶんと同情をしてくれた。彼の稼業は、大道商人――俗にテキ屋と呼ばれる人間だった。日本全国津々浦々を巡れば、
だが
濯姫は美しく、苛烈なまでに精神を追い詰められようと、子を殺さなかった。任侠の妻として、彼女は立派に勤めを果たした。それに報いぬ旦那など、
心の底から幸せになる。それこそが、隻腕の怪人に対する意趣返しなのだ。
鷺山は穏やかな面持ちで、因羽の到着を待つ。
だが約束の時間になっても、因羽の乗った車は来ない。
「道が混んでるのかねぇ」
温和な花緒が珍しく、焦れたように言う。縁側で茶をしばいていた鷺山も、流石に四杯目を飲む気になれなかった。何かがおかしい。鷺山と花緒の予感は、的中する。
さらに三十分が経った。ようやく
「何の真似でぃ、六出の兄さん」
鷺山の部下である
「アッシの聞き間違いでなけりゃ、因羽の坊ちゃんは逃げた……。そう聞こえたんだが?」
「面目御座いません…………」
消え入る声に、とうとう男たちの堪忍袋が破裂する。
「テメェ!濯姫さんに
「差し出がましいですが、鷺山さん。六出のボンに、仁義切らせましょうや」
「ノコでスパーッと切ってやろうか? ァア?」
六出に詰め寄り、怒号を浴びせ、中には頭を踏みつける者もいた。
いっぽう鷺山は、
「
ぽつと呟いた六出に、ほうぼうから手が伸びた時だった。
「やめい、やめい!」
鷺山の一声に、男たちの挙動が止まる。
そして誰に言われたわけでもなく、そろそろと姿勢を正した。鷺山は、六出に歩みより、かしずいた。
「六出よ。やんちゃが出来るほど、
慈悲に満ちた言葉に、六出の歯が
「良いことだ。子供の仕事は、無垢で
うなずく鷺山は、どこか自分に言い聞かせているようだった。まもなく鷺山の手は六出の首を掴み、立ち上がらせた。
「連れ戻せ。怪我ひとつさせるなよ」
地を這う言葉に、同席した男たちは蜘蛛の子のように散じた。
そしてさらに三十分後。
「しょせんは子どもだな。遊びたい盛りというわけか」
朗らかに聞いていた鷺山だが、次の瞬間には顔色が変わった。
「…………その児童館で、火事だと?」
脳の一部が冷えつつも、しどろもどろに
ヰ千座は町の人々とともに、因羽を探していたという。六出から逃れたとはいえ、子どもの足と体力である。遠くまで行く事はないと踏んだ。
彼の見立ては、なかば当たった。見慣れない背中の子どもが、たどたどしく歩いていた。気づかれぬよう後を追った先が、件の児童館だった。遠巻きに様子を伺うと、館内からは子供たちの無邪気な歓声が響いている。他の子どもに混じって、因羽も遊んでいる可能性がある。
報告のためにヰ千座が、素卯邸に向かい始めたときだった。どうも煙の
ヰ千座は慌てながら、児童館に戻った。その道中で彼は、パシリの少女と
「嬢ちゃん、悪いな。これは駄賃にしてくれ」十枚ばかりのピン札を取り出し、鷺山は少女の胸に押し付ける。鷺山はバイクに跨り、自慢の抜刀術にも並ぶ速さで飛ばした。あとには、
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