第2話 サウナで男が二人きり……何も起きないはずはなく……

 Kの両手には白田のもじゃもじゃした毛髪の塊が掴まれていた。それは西部劇で見かける砂漠を転がる丸いあれを彷彿とさせた。


 Kは勝ち誇ろうとした。だが何かがおかしい……。数秒おいてKは悲鳴を上げた。


 こめかみから引きちぎったように思われた白田の毛髪は、実は一本も引き抜かれてはおらず、毛髪がゴムのように伸びただけなのだった!


 いま、Kの両手には使い古したスチールウールのような白田の毛髪の塊がある。

 そこから不気味に伸びた髪の毛は、まっすぐ白田の両耳の上あたりの頭皮に根を張っていて、Kがいくら引っ張ってもびくとも動かないのである。


 しかもその毛髪はKの手に絡みつき、いくら取ろうともがいても、ますますKの指に絡みつくばかりなのであった。


「畜生、てめえの髪の毛は一体どうなってやがんだ! イカれてんゼ!」絡みついた髪の毛は異様に頑丈で、Kの両手は釣り糸が絡まって身動きとれなくなった哀れな海洋生物を連想させた。


 Kは弱気になった。「……畜生、俺が悪かった……! 許してくれ、頼むから俺の両手を解放してくれ……」


 だが白田は白目を剥いて小さな声で何やらぶつぶつと念仏だか呪文だかを唱え続けており(そういえばさっきからずっと変な声が聞こえていたような)、Kの声など耳に入っていない様子だった。


「オイ、白田! 助けてくれ、頼む。意識を取り戻してくれ! どうなっちまったってんだヨ!」


 更なる恐怖がKを襲う。頭皮が妙に涼しい。なにかと頭皮をまさぐると、髪の毛の手触りがないではない。

 まさか、とサウナルームのガラス窓に体を向ける。ガラスの向こうは夜の露天風呂。真っ黒な背景にKの裸体が鏡のように映し出された。


 なんということ。髪の毛が頭皮の皮膚の奥へとしゅるしゅる引っ込んでいるではないか。みるみるKの髪の毛が減ってゆき、代わりに白田の不毛な荒野であったはずの額や耳の上から豊かな髪の毛がもさもさ生えてきているのだった。Kの髪の毛が転送されているようだ。


 Kはありったけの声を振り絞って助けを求めた。目の前の白目を剥いた男を精一杯、ののしった。生物なら誰もが背負わねばならぬ遺伝子の宿命に、真っ向から歯向かう眼前の男を、地球上の全生物を代表したつもりで非難した。それは過去未来を問わず、どの時代のどの国のどの人間だろうと、正当と認める数少ない真実の一つだろうとKは確信していた。


 だが二分とたたぬうちに、どちらが正しかろうが間違っていようが、Kにはどうでもよくなっていた。

 いまや、白田の頭は豊かな毛髪で覆われ、Kの頭には生まれたての赤ん坊さながら、髪の毛一本残されていなかったからである。

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