春の息吹は

富山屋

第1話 いまわしき我が運命と嘆く中年男・白田

 北陸に居を構える中年男・白田の毛髪は、いまや両耳の上に綿毛じみた弱々しいのがわずかに残っているだけ。

 アラフォーの若さでこれっぽちとは全く情けない。それよりもっと情けないのは、令和のこのご時世になってなお、未だにこの外見を揶揄する連中どもだ。たとえばKとか……。


 ある日、白田は学生時代の友人、Kと連れ立ってサウナに入った。当然のように無言のうちに我慢くらべが始まる。先に出た方は相手より根性なしと認めねばならぬ。

 並んで腰掛け、ぐっと耐える。


 時間がたち、先にへたばりそうになったのはKの方だった。白目をむいて涎を垂らす白田を見てKは驚愕した。「おれは額から汗が一滴、垂れ落ちるだけで体から水分の漏れ出たことを惜しむありさまなんだぜ……だのにこいつ、涎なぞ垂らして水分をこれっぽっちも出し惜しみしちゃいねえ」


 Kの動揺を察した白田が黒目を正常な位置に戻して微笑んだ。


「なんだおめえ、ずいぶん無理してんじゃねえか……この糞虫が……救急車騒ぎを起こす前にとっとと出ちめえよ……なあに、おめえが根性なしだってことは、ずっと前から周知の事実。いまさら見栄はったって、そのヘタレぶりは覆えやしねえよ……」

 Kは激怒し、サウナの熱気も災いして正気が失せた。奇声をあげるや、白田のわずかに残された鬢をわしづかみにして、力の限り引き抜いたのだ!



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