55話 撮影中に敵襲来
「あれ!? 圏外になってるっす」
LIVE配信を始めようと、アキナに向かってスマホを構えたレナは怪訝な表情を浮かべた。
「私のスマホもWi-Fiが入らないわね」
「いつもはちゃんと繋がるのに、なんでっすかね?」
1階層の受付を出たばかりだが、【生態系の迷宮】の様子が明らかにおかしい。
(迷彩魔法で隠してあったWi-Fiが全部無くなってる。清掃員のゴブリンや防犯カメラの代わりをしているミニマムドレイクも全く見当たらないわ)
これが【生態系の迷宮】の本来の姿ではある。だからおかしいと感じる方が、おかしいのかも知れない。
だが、これはゴンザレスにとって利益がないばかりか損までする事だ。
何かの思惑があってやっているとしか思えない。
(1ヶ月半来ないだけで、この変わりよう。いったい何があったの?)
「アキさーん! LIVE配信できないから動画にするっす!」
「そうね。そうしましょ」
考えているだけでは、どうしてこうなっているか分からない。
(今回は、それを確かめる動画になりそうね。レナちゃんはゴンザレスが皆やったって思ってるみたいだけど、不自然すぎる事が多いし)
スマホのモードを切り替えて、レナが動画の撮影準備を始めた。
アキナは深呼吸をして、カメラに向かって笑顔を作る。
「はい、まわってるっす!」
「皆さんこんにちは♡ アラフォーのなつめです♡ 今日はLIVE配信の予定でしたがWi-Fiが入らないので急遽……」
(え?)
その時、冒険者の男が1人、ニヤニヤしながら歩いてきた。
身長は2m以上あり、これでもかと言わんばかりに、身体中から筋肉が盛り上がった体格をしている。
服装を見るに、ジョブは武道家だろう。
『ぐふ、ぐふふふ』
冒険者と配信者は、世界は勿論、言語も違うので意思疎通はとれない。
そして目的も違うので、意思疎通をとる必要がない。
互いを認識したら、見て見ぬふりをするのが普通だ。
それなのに男は、ニヤニヤしながら背後からレナに近づいてくる。
明らかに妙だ。
もう少しでレナと密着しそうな位置にまで近づいた男は、背後からレナの頭部目掛けて、大きく拳を振り上げた。
「れなちゃん! 危ない!」
レナの頭部に、小さな聖女の結界を作る。
『ぐふ……あで?』
頭部に届く直前に、一撃を防げた。
衝撃で男が少し後ろに跳ね返される。
(魔力はほとんどなくて腕力が強い。……私では感知できないうえに強い厄介なタイプね。でも、どうしてこっちを攻撃してきたの?)
言葉が片言で不自然だったので、変な呪いでもかけられているのかと思い探ってみたが、その形跡は全くない。
『ぐふふうふふ』
男は笑いながら、再びこちらに向かってきている。
『アナタは何者!? どうして私達を攻撃するの?』
『あで? おでたちのコトバしゃべってる?』
『私の質問に答えて!』
『お前らやっつければ、アルドリックよろこぶ。だからしね』
(本当に操れていないし、呪いも掛けられてないの? っていうか人間なの?)
知性を感じない片言の言葉に混乱する中、レナがこちらにスマホを投げてきた。
それを慌てながらアキナがキャッチする。
「わっと。れなちゃん、どうしたの?」
「ウチ異世界の言葉は分かんねえっすけど、こいつ話が通じねえんっすよね?」
「う、うん。そうだけど」
「じゃあ、腕ずくで止めるっす。とりあえず今日は、ウチがこいつボコるところを動画にするっす。アキさんが出ないから再生数不安っすけど」
「……大丈夫なの?」
「人間だから余裕っす」
振り向いて満面の笑みを浮かべた後、ボクシングのファイティングポーズをとった。
『ぐふふ』
戦う意思を見せたレナの髪の毛を掴もうと、男が手を伸ばしてきた。
レナが腰を落として男の手を避けながら懐の中に入り、みぞおちに力強く拳を打ち込む。
(! ……なにコイツの腹、オニ硬てえし。手、痛てんだけど。どんなだけ筋肉ついてんだよ。マジキモいし)
上目で、男の表情を伺う。
『げふ、げふ、ぐふふ』
全くきいている様子がない。
(はあ!? 思いっきり殴ったんだけど)
拳を大きく振り上げた男は、レナの右こめかみを殴りつけた。
(……!)
強烈な一撃で意識が無くなりかける中、今度は左こめかみを拳で殴打してきた。
『ぐふぐふ! ぐふぐふ!』
左右から何度も大きな拳が、レナの頭を殴打し続ける。
(……このキモマッチョ。マジでヤバいんだけど)
左右から拳で何度も頭を揺らされて、強烈な痛みを感じながら意識が朦朧とするなか、突然殴打が止まった。
(あれ? どして?)
恐る恐る顔を上げると、いつの間にかすぐ横にアキナが立っていた。
「もしかしてウチをワープで助けてくれんっすか?」
「うん。ある程度の距離にいて、悪意や敵意を私に持っていないなら、触れてなくても移動させることができるの。距離も限られるし、魔力もいっぱい消費するけどね」
頭の痛みも消えて、意識もしっかりしている。どうやら治癒魔法も一緒に使ってくれたようだ。
「あでえ?」
男はなにが起こったのか分からない様子だ。
「異世界の人の前で、アキさんが魔法使っちゃ、なんか不味いことがバレちゃうからいけなかったんっすよね? ウチのせいで、すんません」
「大丈夫。凄く頭が弱そうだから何が起こったか分かってないみたいだわ」
「見た感じそんなリアクションしてるっすね」
「……この隙に逃げましょ」
顔つきを見る限りレナは、まだ戦いたいようだったので言い辛かった。しかし、安全の事を考えれば、これが最良の選択だ。
あの武道家の格好をした男は、恐らく上位の冒険者だ。実力はレナを遥かに上回る。補助魔法や治癒魔法でフォローすれば勝てるが、それでも大きな問題がある。
(いくら強くても、あんな頭の悪い人だけじゃ、ダンジョンの攻略なんてできないわ。絶対に頭が良い仲間がいる。その人達に私が魔法を使っているところを見られたら)
だがレナは、この意見を聞き入れないだろう。
「大丈夫っす。アイツの倒し方が分かったっす。アイツ、超頑丈で、やべえチカラあるっすけど、それだけっす」
「……そう」
武道家や剣士など冒険者で、前衛で戦うジョブの人間は、だいたい負けん気が強い。レナは先ほどから、そういったジョブの人達と同じ目をしていた。
(レナちゃんが、あんな目しているの見たことが無いわ)
それにレナは男の弱点も冷静に見極めていた。確かに男は物凄いパワーを持っている様だし、とてつもなく打たれ強いようだ。だが動きが鈍い。それに……
(格闘技は見ないから詳しくないけど、なんていうか……力任せに攻撃してるだけみたいな感じなのよね。技術的なことが何もできてないって言うか。上手く言えないけど)
再び男にレナは向かっていった。
「ぐふぐふ♪」
男は不気味に笑いながら、レナ目掛けて再び腕を振り回して来た。
レナはそれを楽しそうに笑いながら避けている。
(ううん、避けてるだけじゃない)
避けながら男の腕が伸びきるタイミングにあわせて、レナは男の腹部を殴打しているようだ。
だが、分厚い筋肉に阻まれているせいか、男がダメージを感じている様子は全くない。
(このままじゃ埒があかないわね)
アキナはレナに攻撃力アップの魔法をかけた。
「グッ…グフ……バフ」
レナは男を殴るのに夢中で、補助魔法をかけられた事に気づいていないようだ。
男は笑い続けているが、その表情は徐々に苦しくなっている。
(よし動きが、どんどん鈍くなってる。効いている!)
「あがああああ!」
蓄積した痛みに耐えきれなくなったのか、男は見境なしに激しく暴れはじめた。
しかし、レナはその攻撃を全てかわしていく。
(でも、避けるのに手いっぱいで、攻撃は勿論、近寄る事もできない状況になってるわね。……なら)
今度はレナに空間転移の魔法をかけた。
「????」
突然懐深くに現れたレナに、男は混乱している。
その隙をつき、レナは膝と腰を深く曲げて、拳を男の顎に打ち上げた。
「いだあああ……」
男の絶叫と、顎の骨が砕ける鈍い音が同時に聞こえる。
更にレナは、右からもう一度顎を殴りつけた。
(脳震盪を起こしたようね。もう立っている事はできないはずだわ)
アキナの見立て通り、男は糸が切れた人形の様にひざからあっけなく地面に崩れ落ちた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ご拝読いただききありがとうございました。
今回はこんな感じでバトル中心の章になります!
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