52話 アキナ、ダンジョンへ行く
「ふーッ……やっと今週から落ち着いたわ」
同僚のヘルパーが沢山退職してしまったため出勤回数が多くなってしまったアキナは、もう1ヶ月半近く【生態系の迷宮】に行けていなかった。
(休みは、ほとんど無かったけど、その分お給料は増えたから、まあ良いかな)
配信のおカネをあぶく銭だと思っているアキナは、全てを将来の貯金にまわしていた。
(今日はちょっと贅沢をして夕食はすき焼きにしょうかな。でも2人だと鍋は……やっぱりステーキ……)
そんな事を考えている時、こはくがフリースクールから帰ってきた。
「ねえ、こはく。今日は夕ご飯なに食べたい!?」
「なんでもいい」
愛想なく答えたこはくは、洗面所で手を洗って、自分の部屋に入っていった。
そう言えば、ここ1ヶ月、こはくが【生態系の迷宮】に行っている形跡がない。
(まあ、私も仕事が忙しかったから全然行ってないけど。色んな事に興味を持つ年頃だから、もう飽きちゃったのかしら?)
安心したような、それでいて少し残念なような、複雑な感情を心中に頂きながらアキナは夕食の準備を始めた。
◇
「久しぶりの投稿だし、色々企画を考えてきたんだけど」
これから【生態系の迷宮】に向かうので、近くの喫茶店でレナと軽い打ち合わせをする。
だが、アキナの質問にレナは上の空で、なにか別の事を考えていた。
「レナちゃん? 聞いてる?」
「あ! ハハ……すいません、ちょっとだけボーっとしてたっす。そっすね……1ヶ月半ぶりの配信っすから、探索のLIVE配信して復帰の挨拶をした方がシンプルで良いって思うっす」
レナはハッとして、慌てながら答えた。
最近のレナはなにかおかしい。施設では人が足りていなかったので、アキナと一緒に最近はずっと仕事漬けだったが、その間もなにかを考え続けているようだった。
「……アキさんって昔一生懸命努力した力で、人気者になって、やりたい事でおカネが稼げてんっすよね?」
「う、うーん。やりたい事ってのは違うけど、それ以外は一応そうかな?」
言い終わるとレナは、なにも喋らず俯いてしまった。
どうして突然こんな事を言いだしたのだろう。
アキナは激しく困惑した。
(なにか悩みがあるのかしら。私に相談して力になる事だったら……)
レナにどう接しようか焦りながら、頭を巡らしていると、会いたくない人間が目の前に現れた。
「よう、アキナ! なに辛気臭い顔してんだ。外で見て心配になったから思わず声を掛けちまったぜ」
元旦那の浩二が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「帰って。アナタに用はないわ!」
「旦那の俺に、冷てえこと言うなよ」
「元旦那でしょ」
「どっちでも良いじゃねえか。それよりお前最近全然家にいねえじゃねえよなあ」
「だからなに?」
「困るんだよなあ。そのせいで、俺に払わなきゃいけない毎月の慰謝料が滞ってるじゃねえか」
アキナは終始、恐怖を抑えながら話し続けた。この男は少しでも気に食わない事があると、自分より弱いと思っている相手には、所かまわず平気で手を上げる。
「なに言ってるの? 離婚の時に裁判所から慰謝料を支払うように言われたのはアナタじゃない。しかも一度も私に払ってくれた事なんてないじゃない」
「ああッ 裁判所の言う事なんか知るか。俺はお前のせいでガキができちまって、人生を滅茶苦茶にされたんだ! 普通に考えてお前の方が俺に慰謝料払う義務があるだろ」
強引に酒を飲まされて、初めてを奪われた時の事が頭をよぎり、怒りと恐怖で頭が真っ白になった。
「なに言ってんのよ! おカネを全然家に入れずに外に女を作って、あげく、こはくにまで暴力振るって! だいたい今、大きくて給料も良い会社で働いてるじゃない! 私からおカネとる必要なんてどこにあるのよ!」
我を失い、周りの目を気にせず、まくし立てる様に怒鳴った。
浩二は怒り心頭といった顔で、拳を強く握りしめてプルプルと振るわせている。
確実に自分は殴られるだろう。
(そう。魔法が使えない私なんて、こんなもの。手を出してスッキリしたら、帰るだろうから早くして――)
気持ちを全て吐き出し、達観した気持ちになったアキナは、冷めた視線を浩二に向けながら、殴られるのを待った。
「ふざけんじゃねえぞ! 調子に乗りやがって!」
浩二が拳を大きく振り上げた。
「マジうぜえから、止めて欲しいだけど」
レナが席から立ちあがり、浩二の拳を握っている。
アキナにとってレナの行動は、完全に予想外だ。
自分のせいで、レナにも暴力が振るわれてしまうかも知れない。
「れ、れなちゃん止めて!」
慌ててレナを止める。
「関係ねえのが、出しゃばってんじゃねえ!」
だが、間に合わず浩二はレナの顔面を目掛けて拳を振り上げた。
しかし、レナは右腕を素早くあげて、ギリギリのところで流す様にこれを受け止める。
浩二は何が起こったのか分からないといった表情を浮かべている。
アキナも、驚きが隠せない。
一方のレナは、少しだけ口元が笑っていた。
「おっさん、先にウチを殴ったよね。はーい、これで正当防衛♪」
言い終わると同時に、レナは浩二の脇腹に拳を叩きつけた。
「こは……ッ」
大きな口を空けて、声にならないような声をあげた浩二は、そのまま顔から床に倒れ込んだ。
「れなちゃん……」
「ハハ……」
レナは罰が悪そうな表情で、苦笑いを向けてきた。
(なんか凄く慣れてる……)
アキナは聖女。戦闘には不向きな後方支援に特化したジョブなので、今も昔も相手と直接戦う事は、ほぼない。
いつも離れた位置から戦いを見て、状況に合わせて回復魔法や治癒魔法を使う事が多かった。
そのおかげで戦いの流れや、相手の強さや特徴を把握する目だけは、かなり肥えていた。
(……って言っても、経験で判断してるだけだから、詳しいことは分からないけどね。ブランクも長いし)
その経験でいえばレナは、中級冒険者くらいの動きをした。
いったい、どういう事なのか。興味本位で聞いてみたくなった。
しかし……
「すいませーん、お会計お願いしまーす」
周囲の人々が皆こちらを見ていて恥ずかしいので、まずはこの場を離れる事にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ご拝読いただききありがとうございました。
第二部は俺TUEEE的な話になります。
苦手な方はすいません。
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