37話 娘の異変に気づく

「ええー! ちょっとなにこれ!?」


 銀行通帳を見て、アキナは思わず大声をあげた。

 ATMでおカネを降ろしにいった際、口座に入っているはずの金額が思っていた額より少なかったことが気になり確認したところ、数カ月前からなんと20万円以上の身に覚えのない引き出しがあったのだ。

 

 なにが起こったのか混乱する中、玄関のドアが開く音がした。


(ちょっと待って! 鍵をかけているハズなのにどうしてドアが開くの!?)


 元旦那が、なにかしらの手段で鍵のコピーを作ったのだろうか?

 空き巣が留守だと思い、ピッキングをしてこじ開けたのだろうか?

 混乱と恐怖を必死に抑えながら玄関にいくと、そこには大きな段ボールをもったこはくがいた。


「なんでいるの!?」


 こはくは、バツの悪そうな表情を浮かべながらそう言った。

 今日は本当であれば本業の出勤日だ。こはくにもドア越しに、それを伝えて家を出て行った。

 だが、同僚とシフトの休みを交換していた事を職場についてから思い出して、恥ずかしい思いをしながら帰ってきた。


「ねえ、こはく、その段ボールの中身はなに?」

「……」


 こはくは、気まずそうにアキナから視線を逸らす。


「もしかして口座から勝手におカネを引き出したのって――」


 アキナの言葉を遮るように、段ボールを持った、こはくはこちらに突進してきた。

 体当たりされるのかと思い少しだけ怯む。

 しかし、こはくはその隙を突くかのようにアキナの横をすり抜けて、自分の部屋に駆け込んでしまった。


「ちょっと! こはく!」


 部屋のドアを強くノックし、ノブも何度もまわす。


「その箱の中身はなんなの!? それに20万円以上おカネを使ったの!?」


 しかし、反応はない。ドアノブも方法は分からないが、何かで固定されているようで開く気配がない。


「学校にも行かずに、いつも何をしてるの!? 答えなさい!」


 ノックしながら大きな声をあげる。

 しかしドアの向こうからは、やはり反応がない。

 しばらく、それを繰り返した後、アキナは疲れ果てて手を止めた。


(こはくには、私には言えない何かがある)


 聖女として強力な魔法が使え、配信者として大金を稼げても、娘の心ひとつ開かせることができない。


(どうすればいいの……)


 親としての自信を失い悲しみと失意にくれながら、アキナはその場を後にした。



「今日はLIVE配信ね! れなちゃん今日も頑張ろう!」

「どうしたんっすか? 今日はメッチャ気合入ってますね……」


 撮影のために【生態系の迷宮】にやってきたアキナは、昨日の出来事のせいで心は深く沈んでいた。

 しかし、それを悟られないよう過剰に明るく振る舞う。

 プライベートの事でレナにいらぬ負担は掛けたくないし、ましてや今日はLIVE配信である。

 自分の事を応援してくれている視聴者に、沈んでいる所など見せるわけにはいかない。


「で、今日のLIVE配信はどんなことやるの!?」

「ダンジョン散歩しながら、視聴者からのコメントに答えてくれればそれで良いっす!」


 配信開始まで一時間、レナと簡単な打ち合わせをしている最中、ゴンザレスが話しかけてきた。


『おい、少し時間いいか?』


 向こうの言葉で話しかけられたのは初めてだ。その事に少しだけ驚きつつも言葉を返す。


『今、打ち合わせ中なのよ。話なら配信が終わってからにしてくれる?』

『そんなに手間は、とらせねえよ』


 今日のゴンザレスの言葉からは、いつもと違ってどこか真剣さを感じる。

 非常に不気味だ。

 なにかまた悪だくみをしているのだろうか?


「ごめん、れなちゃん、すぐ戻るから」


 軽くレナに笑いかけたあと、少し警戒しながらゴンザレスの後をついていった。



『こんな所に連れてきて、臭いが服につくかも知れないじゃない』

『そうか、お前がいた時に、これは、まだ無かったか。これは魔法加熱パイプっていってな。アイコスやグローみてえなもんだ。臭いは、つかねえから安心しろ』


 連れてこられたのは、喫煙ルームだった。

 配信者でタバコを吸う人間は、ほとんどいないので、この部屋は実質ゴンザレス専用ルームと化している。

 仮面をとって手に持ったゴンザレスは、壁際でアキナに背を向けて、タバコの様な魔道具を吸い続けている。


『素顔でも見せてくれるの?』

『へへ……俺はとんでもねえ不細工でな。聖女様に、そんな不敬な事は恐れ多くて、できねえよ』

『別に良いわ。興味ないし。それで何のようなの?』

『やけに凹んでるじゃねえか? なんかあったのか気になってな』


 

 悲しい時や落ち込んでいる時に、無理に明るく振る舞う癖が確かにアキナにはある。

 まさに今がその状態だ。

 だが、その事に今まで気づいたのは両親と親友、そしてコウスケだけだった。


(どうしてゴンザレスなんかが分かるの!? いったいどうして!?)


アキナは激しく動揺した。だが、それをゴンザレスに気づかれては、弱みを握られてなにか悪だくみの出汁に使われてしまうかも知れない。


『別にそんな事ないけど。用事はそれだけ? じゃ、いくわね』


 必死に平静を装いながら、ボロが出る前に立ち去ることにした。


『おい』


 呼び止められて、思わず足を止める。


『……本当に何かで落ち込んでいるとして、アナタに相談すると思う?』

『いいや。そこまで立ち入りたくもねえ。でもな……』

『でもなに?』

『お前の本当に大切なものはなんだ? それを考えたら、どうすれば良いかは見えてくるんじゃねえか?』


 ……異世界から戻る時、コウスケからもよく似た言葉を言われた。

先ほどとは違った動揺が、アキナの心の中に大きく広がる。



『それに……この世界に聖女は不要だ。存在するだけで世界を、そしてお前自身を不幸にする』


(なんだ、そういう事ね。聖女の危険性を知ってるから手を引きたいってだけ――。聖女の危険性!?)


 先ほどまでとは比べ物にならない動揺がアキナを襲う。異世界に聖女が存在する事の危険性を知っているのは、ごく僅かな人間だけだ。


『どうしてそれを知ってるの!?』

『……この世界の人間との接触はマジでヤバい事になりかねえ。でもお前は冒険者と接触しちまった。もう十分に稼げたからこの辺が潮時じゃねえか? お互いに』

 

 これ以上はなにも話してくれる気がないようだ。


『……』


 ゴンザレスの言った事と、こはくの現状について考えながら、アキナは再び歩き出した。

 そして歩きながらある決意を固め始めていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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