第2章 リースへ
第17話 再び墨丘高校へ
拝啓お母さん、お父さん。
2人と離れて早1ヵ月が経ちますが、お元気でしょうか。
私はまだ1人で暮らすことに慣れていないこともありますが元気にやっています。
ところで、私は今どこにいるでしょうか。
高校? 寮? 娯楽地? いいえどれも違います。
「すごい……っ!」
私は今、リースと呼ばれる異世界へ来ております。
遡ること1ヵ月前の3月後半。
長野の家族や友人と別れ、1人墨丘高校に入学してきた千花は早々に寮生活を強いられることになった。
(いや知ってたけど。安城先生からも入学手続きでお世話になったし)
千花は家から持ってきたキャリーケースとリュックを床に置くと、腕を伸ばし軽くストレッチをする。
生活必需品や衣服などは宅配で送ったが、それでも自分で持ってきたものを重ねると肩に重くのしかかる。
「えっと、ここから左に曲がると食堂と大浴場があって。右に行くと校舎があって。管理人室は」
千花は寮の案内図を見ながら1つ1つ場所を確認していく。
何せ墨丘高校は東京でもかなり大勢の生徒を収容している。
更に全寮制であるため一種の集合住宅と言っても過言ではない。
あらかじめ頭に色々叩き込んでおかなければ入学までに間に合わなくなる。
「まだ一人部屋なだけ自分の時間がとれていいか」
千花の目の前には二段ベッドや2つの机、椅子などが置いてある。
本来は2人部屋のはずだが、人数的に千花は1人になったらしい。
「これも安城先生の思索な気がするけど」
千花は小さく零しながら今更そんなことを言うものじゃないと自分に言い聞かせる。
そもそもここに入学できたことさえ邦彦の助力がなければ叶わなかったことだ。
(本当、なんでこんなに偏差値が高いんだろう。そしてなんでこんなに入学できる人がいるんだろう)
あの日、邦彦に電話し終わった後に改めて墨丘高校について調べてみた。
するとそこにはありえないほどレベルが違いすぎる文言が書かれていた。
「超有名大排出率90%とか、基本の偏差値が65とか、絶対私には手の届かない高校だわ」
一応他の生徒と同様筆記試験を行った千花だが、恐らく──いや、確実に実力だけではボロ負けしていた。
いわばコネを使ったと思われても何も言い返せない入学方法だ。
(い、いやいや、私はもっと世界を救うっていう大事な任務のためにここに来てるんだから。ちょっとくらい大目に見てもらっても)
千花が心の中で言い訳をしているとズボンのポケットに入れていたスマホが鳴った。
ディスプレイには『安城邦彦』と記されている。
「もしもし」
『こんにちは田上さん。今お時間大丈夫ですか』
落ち着いた男性の声がスマホ越しに千花の耳に入ってくる。
「大丈夫ですよ。今部屋に着いて荷物を置いたところです。まだ荷解きしてないので一面段ボールだらけですけど」
千花は部屋の真ん中に山積みにされている段ボールと先程自分が置いたバッグを視界に入れながら答える。
『そうですか。では一度談話室の方へ来ていただけますか。場所は……』
「B棟の方ですよね。地図を頼りに向かいます」
千花の言葉に邦彦は何か考え込むような時間を取った後、すぐに声を出した。
『わかりました。では待っていますので今から来てください』
千花は一度返事をすると通話を切り、荷物をそのままに部屋を後にした。
10分後。
千花はようやく邦彦の言っていた談話室とやらに辿り着いた。
千花はその足で一際目立たない場所に座っている邦彦の元に向かう。
「おや、案外早かったですね。後10分はかかるかと思っていました」
「あはは……私はこんなに時間がかかると思いませんでした」
千花の存在に気づいた邦彦がいつもの微笑を浮かべる中、千花は心底疲れたとでも言うように感想を述べた。
千花の予想ではここまで5分程度で行けるものだったのだ。
それが気づけば反対側に行き、自分の部屋に戻っており、最終的に迷っているところを巡回していた管理人に呼び止められたというわけだ。
「墨丘高校の寮は在校生でもたまに迷うほど大規模なんです。だからこそ授業の初めには寮案内があるくらいなので」
パンフレットに書いてあったあの授業の意図がようやくわかった。
冗談だと思って笑っていた自分を殴りたいと千花は思った。
「それで? 話って異世界のことですか?」
「それだけではないですが。まずはご入学おめでとうございます」
「ありがとうございます」
墨丘高校に入学することは半年前から決まっていたことなので邦彦の言葉に少し違和感を覚えながらも千花は礼を言う。
だがまさかそれだけではないことくらい千花もよくわかっている。
そして邦彦はすぐに話を切り替えてきた。
「ところで田上さん。一応高校受験はなさったということで。僕の元にも答案用紙は届いたんですが」
千花はギクリと体を強張らせながら続きを待つ。
「どうやら僕は少し対策を誤っていたようでして」
「……と、いうのは」
邦彦の顔に貼りついている笑顔が悪魔のように見えて仕方がない。
「簡単に言えば予想の倍以上頭が足りていなかったように見えました」
邦彦は躊躇なく言葉をぶつけてきた。
予想していたとは言え千花の心に強く言葉が突き刺さった。
「あ、あれでもかなり勉強したんです。本当ですよ? 毎日単語帳見たり参考書解いたり」
「もちろんわかっています。あなたの過去の試験も見せてもらったので」
それは個人情報の漏洩なのではないかと言及したくなったが、今更そんなことは言っていられない。
「正直少しだけなら僕がどうにか成績を考慮できたのですが、ここまで来ると異世界を救う前にあなたの高校生活が破綻します」
「はい……」
ぐうの音も出ない。
言葉の攻撃を受け項垂れる千花の前に邦彦は側に置いてあった大量の参考書や問題集を出す。
「僕も暇なわけではありませんが光の巫女がバ……いえ、知識不足では肩身が狭いので付き合います」
「な、何に?」
「この1ヵ月で学力を伸ばしましょう。学年1位は無理ですがこれまでの統計と比較して平均水準であれば到達できます」
やはり邦彦の笑顔が悪魔と同じ──それ以上に恐ろしいものに変化していく。
現在最下位の千花が1ヵ月でどこまでできるか実験しようとしているような表情だ。
「これからスケジュールを教えますから忘れずに。リースに行くのは学力が追いついてからです」
「……はい。頑張ります」
千花の口からはそれ以外言葉が出てこなかった。
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