第18話 はじめまして、異世界
そして一カ月後の今日。
正確に言えば入学してから2週間が経った4月下旬。
邦彦の助力もあり何とか初めの授業にもついていけるレベルにまで到達した千花は約束通り異世界へと連れていかれることになった。
「安城先生、ここは?」
千花は授業も終わり夕日が強くなった時間帯に邦彦に促されながら人気のない校舎の裏の手入れがされていない茂みへと向かった。
邦彦が迷わず前を進んでいるため千花も無言でついていっているが普通何か事情がなければ気にも留めずに素通りするような、本当に何の特徴もない場所だ。
「リースと地球を結ぶ扉への道です。普段は機関が扉を開かなければ通れません」
予想していた答えではあるが、だからといって「そうですか。わかりました」では終われないのが現状だ。
千花が少し不安気になりながら後を歩いていき体感で3分が経った頃、急に道が開けた。
目の前に見えたのは鬱蒼とした木々とは反対に、空から太陽の光を反射してまばらに光っている大きな泉だった。
「おとぎ話だ」
千花が無意識に呟いた言葉に邦彦は首を傾げる。
「ほら、金の斧と銀の斧って物語があるじゃないですか。あれに出てきた挿絵にそっくりだなって」
「ああ。確かに知らない人から見ればそう見えても不思議ではありませんね。では物語のように飛び込んでください」
「は?」
邦彦が満面の笑みで池の方を指しながら千花に指示する。
千花は簡単にしか泳げないため、より抵抗がある。
「この池に飛び込むんですか」
千花は冗談であることを望みながら邦彦に問う。
しかし邦彦は笑みを崩さずに頷く。
「はい。どうぞ」
千花は無理だと叫びそうになった。
こんな底なしのような池に飛び込むなんて自殺行為に等しい。
まだ死にたいと思っているわけではない。
(こ、この池に入ったら女神が出てきて助けてくれるのかな。でも安城先生ってたまに胡散臭い笑顔で酷いこと言ってくるし、光の巫女としての資質を試してるとか?)
もし力を使えなければ悪魔に打ち勝てず死んでしまう。
一応死ぬ覚悟はしなければならないとは考えていたがまさか死因が自分で飛び込んで溺死なんて灯子達に知られたら死んでも死にきれない。
だが邦彦は何も言わず隣に立っている。
(ああわかりましたよ! 飛び込めばいいんでしょ!)
千花は一つ深呼吸をすると意を決したような表情で池から離れていった。
「田上さん? 帰るんですか」
「そんなわけないでしょう。気合を入れるんです」
邦彦の問いに千花は後ろを向きながらぶっきらぼうに答える。
そのまま一度頬を両手で叩くと池の方へ振り返った。
「行け! 田上千花!」
気合いを入れながら千花は池の方まで突進するように走る。
そして地面と池の端の所で踏み込み、勢いよく池へ飛び込んだ。
目を瞑り、息を大きく吸い込んだ千花の体はそのまま底のない池へと沈んでいった。
(やっぱり異世界なんて嘘じゃない。息できないし冷たいし暗いし)
「──田上さん」
(お母さんお父さんごめんね。私ここで終わりみたい。育ててくれてありがとう)
「目を開けて呼吸をしてください」
(ああもう意識が遠くなってきた。溺死ってもっと時間がかかるかと思ってたけど意外とすぐに意識がなくなる……)
千花が息苦しさを感じる中、急に背中を強く叩かれた。
その痛みと言ったら昔悪さをして灯子に尻を叩かれた時と同じくらい──
「げほっ!」
千花が背中の痛みと衝撃にむせる。
そのまま水中で呼吸ができなくなるかと思いきやすぐに息を吸うことができた。
「あなたは本当に今までの候補者と違いますね。あまりにも突然すぎて僕も対処が遅れました」
隣から邦彦の声が聞こえる。
水の中でも話せるのかと千花が恐る恐る目を開けるとそこに映ったのは暗く冷たい水の中ではなかった。
「リースへようこそ田上さん。歓迎しますよ」
「……ここが?」
千花の目の前には漫画で見たような中世の王宮が映し出されていた。
大理石でできた床に色とりどりのステンドグラスが並ぶ壁、更に首が痛くなるほど高い天井。
「ヴェルサイユ宮殿みたい」
「見たことがあるんですか」
「ないですけど写真は何度かあるので」
「それは見たことに入るんですかね」
千花の乏しい語彙力では地球にある凄いもので比喩しなければならない。
しかしそれだけ衝撃だということを伝えたいのは邦彦にも理解できたらしい。
「お話した通り、リースは王政です。ここも王宮の一部ですので田上さんの考えていることもあながち間違いではありません」
「王宮の一部!? 私今そんなすごい所にいるんですか!?」
「ええ。異世界同士を結ぶ扉が森や庶民の場に位置していたら使いたい放題になってしまうでしょう」
邦彦はさも当たり前のように言っているが、王宮と言えば庶民には手の届かない場であることくらいは千花もわかっている。
それを何の前触れもなく「はい王宮です」は度肝を抜かれる。
(ん? ていうか)
「私一瞬命の危機を感じたんですけど! 事前に教えてくださいよ。池に潜るとそのまま異世界に行くって」
千花の訴えも邦彦はどこ吹く風というような肩を竦めながら苦笑する。
「今までの候補者であれば教えていましたよ。ちゃんと池に入ったら死にますよねと拒否したらね。でもあなたは自分から飛び込んだじゃないですか」
「ぐう……っ!」
ああ言えばこう言う邦彦に軽く殺意を覚えながら千花は過ぎたことをそれ以上とやかく言うのはやめた。
ここで邦彦に逆らって機嫌でも損ねられて知らない土地に取り残されるよりかは何倍もマシだ。
「それで? 私は今から何をしたらいいんですか。色んな国に行って悪魔討伐ですか」
「流石にそんなことはさせませんよ。大体前の2回だって下手したら死んでたんですから」
無謀なことをした自覚がなくもない千花は今度は何も言わずに黙って続きを待つ。
「とりあえずトロイメア国王に謁見しましょう。許可ならいただいています」
千花はすぐに頷こうとして傍と言葉の意味をかみ砕くように理解した。
「トロイメア国、王?」
「ええ」
「その、もっと大臣とか宰相とかじゃなくて?」
「そういう知識はあるんですね。でも国王です」
「私一般人ですよ!? しかも地球人だし危険だって思われないんですか」
こんな簡単に王の前に通されたらいつか暗殺目的で候補者が現れる可能性も考えられるのではないか。
千花がそう思いながら目線を上げると邦彦は愉しそうに笑う。
「あなたは本当に頭が鋭いのか鈍いのかわかりませんね。半年間あなたを観察してきた僕が許可しているので大丈夫です。それに少しでも暗殺の片鱗を見せたら即座に魔法で串刺しにされますから」
物騒なことを軽く言った邦彦に千花は身震いしながら絶対に悪いことはしないとでも言うように首を何度も縦に振った。
邦彦も千花の必死な姿を見て納得したように王宮へ続く道へと足を勧めた。
「どうぞ田上さん、僕の後をついてきてください。広いので見失わないように」
「は、はい」
千花は一瞬気後れしながらも、大人しく邦彦の後ろをついていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます