第28話 内偵

 ―—梅雨明けも近いのか、晴れた日が続いていた。

 大学から望む丘陵の上にも青空が広がり、遠くの白く大きな雲が映える。


 黒塗りのミニバンが通用門から大学の敷地内へゆっくりと入ってきた。駐車場へ乗り入れると、来客用のスペースに停まった。

 運転席から年配の女性が出てきて、辺りを見回した後、後部席のスライドドアを開ける。

 降りてきたのは―—






 「ああ、なんか気が乗らない」

 授業前の教室で吉野よしのがボヤく。


 「同じく。帰りにCielシエルでも寄ろうか…」

 同調したのは六ッ川むつかわ

 Cielはそらが働くカフェだが、行っても天はいない。


 「Cielかぁ…」


 「2人とも、なんで朝からドンヨリしてるの? いい天気なのに」

 声を掛けながらえのき飛鳥あすかが窓の外を指差す。


 「わぁ、飛鳥ちゃん、このネイル綺麗だね!」


 「ありがと…。じゃなくて。いつもの吉野君らしくないよ」


 「何だろうねぇ、この虚無感きょむかん…」


 飛鳥にうながされるように外を見た六ッ川が、何気なく建物の下に目を移すと、キャンパス内をちょろちょろと不審に動き回る人物に気付く。

 花之木はなのき千晴ちはる前里まえさとあおいだった。


 「何やってんだ? あの2人」

 六ッ川が不思議そうに言うので、吉野と飛鳥も窓の下を覗く。


 「ああ。碧はまたに火が付いちゃったみたいなのよ。千晴も巻き込まれたのね」


 「探偵ごっこ?」


 「何をしているのかは知らないけれど、色んな所で調べ回っているわ」






 並んで座る碧と千晴。


 ノートPCに書き込まれた『証言』を確認しながら、千晴はあきれて言う。

 「調べるほどにほこりが出るってこういうことを言うのね」


 「ほんと。とんでもないモラハラ男だわ」




 2人は天をおとしいれることとなった噂の源流を辿っていた。

 割とあっさり高根たかねという男に行き着いたものの、この男が何故この噂を広めようとしたのか、理由が分からない。

 話を聞く過程で、特に高根を良く知る同学部の人からはうらぶしも少なくなかった。


 「あいつは何かというと難癖なんくせを付けてくるんだよね。面倒臭い奴なんだ」

 「私も貴方あなたたちと同じで、友達の悪口を言われたことがあります。そんな子じゃないのに、酷いって思いました」

 「気に入らない人を無視するとか、自己中心的なところがあるね」

 「ここだけの話、高根は厄介者なんだよ。俺らも手を焼いている。君たちが調べている『噂』のことだって、誰も真に受けてはいないと思うよ」




 どうやら噂の真偽しんぎどころか、出所でどころすら信用できない気がしてきた。


 「で、どうする碧? 本人を問い詰める?」


 「あんなモラハラ男と関わり合うのは嫌だな。好都合なことに証言も揃ったことだし、直接私たちが対峙たいじしなくても、大学側を動かすことができるかもしれないよ」


 「高根の性格が悪いって学校に言いつけるの? 相手にしてくれるかな?」


 「あの人の言動は大学の教育理念に反する行為でしょう。そこにちょっと脅しを入れて…。千晴、刑法第230条について調べてくれない?」


 「脅しって…。危ないことは止めてよね。それに、刑法…?」




 刑法第230条1項には、『他人の不確かな情報を世間に公表する、嫌がらせなどの行為は名誉毀損罪によって罰せられる』という内容が書かれている。






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