第26話 糸口

 感情を露わに泣き出したみなみに、店長の澄玲すみれが横からそっと近付いて、肩に手を置いた。


 「大丈夫よ、南ちゃん。あなたの気持ちはきっとそらちゃんに届くはず。たとえ行動を起こせなくても、寄り添う気持ちは相手に十分伝わるから。物事の本質は心でしか見ることができないって言うでしょう? きっとあの子も『戻りたい』と思っているはずよ」


 「そうだよ。信じて待とうぜ」

 吉野よしのも澄玲の言葉に同意して南に声を掛ける。


 南の前でつい余計なことを言ってしまったと、項垂うなだれていた六ッ川むつかわ

 本心では大学に残って欲しいと願っているのに、なんで勝手に除籍になるものだと決めつけていたことを後悔こうかいする。


 自分が恥ずかしいよ。運命に惑わされるなんて。






 ——天が住むマンション


 強い決意を持って自身が女であると、大学に公言してしまった。そのことに後悔はない。でも、できることなら元の生活に戻りたい。周りを気にすることのない、正式な女子生徒として。

 現状と向き合うと決めたのは自分だ。高根たかねの行為は感心しないが、嘘をいたわけでもない。そろそろこの問題に決着を付けるべき時が来たのかもしれない。



 信じてもらえるかは分からないけど、もう一度学生課に行って、これまでの経緯を話してみようか……。


 机の上に置かれたメモに目を留める。

 新川景子おねえさんが「困ったことがあったらいつでも相談して」と渡してくれたものだ。

 メモを手に取り、しばらく考える。

 活躍中の女優さんだし、連絡なんてしたら迷惑かな…。






 皆の思惑が入り乱れる中、大学運営は卯月うづきそらの真偽について、臨時の理事会を開くことになった。

 不正入学は論外だが、ジェンダー問題で処分を下したなどと世間から誤解されると、大学側がバッシングを受けかねないとする意見もあり、審議は難航していた。

 折衷案せっちゅうあんが見出せないのなら、まずは性別だけでも明白にすべく、医師による診断を受けさせてみてはどうかと提言が出された。

 その上で、本人同席の場にて傾聴けいちょうし、処遇しょぐうを決めるという結論に落ち着き、理事会は一旦幕を閉じた。


 理事たちが席を立とうとする時、同席していた学長宛てに入電があった。

 相手は新川しんかわ景子けいこだった。

 折しも、大学の知名度向上のために、キャンパス内を映画やドラマなどの撮影の場として提供していて、そのアンバサダーに新川景子が任命されたばかりだ。


 学長は目尻を下げながら、「撮影の件でしたら広報課の担当者へ…」と言いかけたのだが、新川が端的に用件を伝えると、「そ、それは本当ですか?」と驚いた。

 会議室を出ようとしていた理事長を目で引き留める。他の理事たちも、動きを止めて学長に注目した。


 「理事長、新川さんが…卯月天の立証をしたいと言っておりますが…」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る