第24話 沈黙

 高根たかねからは逃れられたが、教室には戻りたくなかった。

 エレンやみなみもそれを察してくれたのか、3人は教室のある上階へ行かず、カフェの一角に居た。


 2人は何も聞いてこない。それが却って苦痛だ。

 しかし、問われたところで、どう答えれば良いのだろう…。


 おもむろに南が「さっきの人…」と話し出して、思わず息を吞む。


 「いつだったかな? 皆でしゃべっている時に、廊下からジッと見ている人がいて、それがさっきの人だった気がする」


 「なにそれ、ストーカーみたい」とエレンがまゆひそめた。



 見てた? そうか―—


 今になって思えば、高根は何故、現在のこの姿を見て”高校の同級生”だと気付けたのか。服装やメイク、髪形から小物まで気を使って女性らしくしている。見た目で性別を疑う要素は何処にもないはずなのに。

 となれば、お互いがこの大学に進学したことを知っていたのか。入学当初の、まだどっちつかずの状態の頃に見かけ、疑念を抱いていたのかもしれない。周囲の人たちが名前や愛称の”テン”という言葉で呼んでいるのを聞いて、本人だと確信したのだろう。

 高根は昔からモラハラ男で、平然と「男のくせに」とか人を傷つける発言をしたり、嫌がらせをする迷惑な奴だった。 


 噂の元凶は、もしかしたら高根あいつか?






 ——何も語らないまま、翌日から天は大学に来なくなった。


 当事者が居ないことで噂は収束に向かったのだが、真実が分からないクラスの仲間たちは困惑を隠せないでいた。


 そんな折、天は大学の学生課に呼び出される―—




 本館2階にある学生課。

 学生課の女性職員に案内されて向かった小部屋には、総務課と入試課それぞれのトップである課長2人が並んでいた。

 一部で広まった噂について、大学側としてはが生まれたという説明を受ける。


 LGBTQ(Lesbian(女性同性愛者)、Gay(男性同性愛者)、Bisexual(両性愛者)、Transgender(心と体の性が異なる人)、Queer(性自認が定まらない人)の頭文字を取って名付けられた幅広い性のありかたの総称)は個人の尊厳に関わることであり、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律もあることから、生徒がトランスジェンダーであったとしても問題視はされない。

 ただ、本来、男子として入学した者が、女子と認められる人物であるならば、本人であるとは言えず不正入学になりかねない、と告げられる。


 最後の一文を言い換えれば、入学試験を受けた本人が女装でもしているのか、別人の女性なのかを問いている。




 「見た目で判断することはできないが、あなたは真の男性ですか?」


 総務課長の問いに指先が冷たくなって行くのを感じた。


 決めたんだ。これからは女として生きて行くと。

 だけど、今ここで「私は女です」と言えばどうなる?

 試験を受けたの卯月天でないのなら、別人と認定されてしまうだろう。


 『不正入学』という言葉が頭に浮かぶ。

 除籍処分か…。


 背負わされた重荷とは何なのか。


 「私は…」

 小さく「女性です」と言う天に、総務課、入試課の課長2人は困惑した表情で顔を見合わせた。


 「それは心の話ではなくて?」と入試課の課長が聞く。


 運命には従わず、自分で人生を切り開いていこうと決めたはず。この世は舞台。ならばこの姿を演じてみせる。


 「心身共に女性です。でも、卯月うづきそら本人に間違いありません」

 今度ははっきりと答えた。


 「それで良いのですか? あなたにとって不利になるかもしれませんよ」

 念を押すような問いかけにも答えを変えなかった。

 2人はしばらく小声で話し合った末に、「確認しなければならないことがあるので、それまで講義には出席せず、自宅待機するように」と告げてきた。





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