第23話 窮地

 ―—教室を出て行ってしまったそら


 やり取りを見ていた他の生徒たちも、天の後姿を見送って黙り込んでしまった。

 静寂を破ったのは六ッ川むつかわだった。


 「卯月うづきさんが男の訳ないじゃん。男になんて見えないだろ? 美人だから嫌がらせをされてるだけだよ」


 それを聞いて千晴ちはるが溜息交じりに言う。


 「見た目は関係ないでしょ。顔立ちの綺麗な男の人だっているんだし」


 しかし六ッ川は止まらない。


 「た、確かに見た目も含めているけど、それだけじゃない。最近になって垢抜けてきたと思わないか? それは卯月さんの向上心が高くて、いつも陰で努力をしているからだと思うよ。大人になって行く過程で、凛とした姿を見せるのは悪いことじゃない。内面はなかなか見せてくれないから良く分からないけど、正義感が強くて、友達思いの優しい人なんだよ。仕草や気遣いを見てるだけで好…、す…、素直に女性っぽさを感じるという意味だよ」


 横に居た吉野よしのが六ッ川の肩をポンポンと叩いてなだめる。


 「落ち着け。心の声まで漏れてるぞ」




 「あのさ、クラス編成された時からずっと引っかかっていたことがあるんだ…」

 ひと呼吸置いてあおいが語り掛ける。


 「入学ガイダンスの時に学生証と一緒に貰った用紙があるでしょ。そこに学籍番号の意味が書いてあって、入学年・学部・学科・クラス・個人番号で表されている。そして、用紙には3組の人員も書いてあった」


 「うん、覚えてる。3組は全員で30人って書いてあった」

 飛鳥あすかも当時のことを思い返した。


 「そう。クラス全体の人数が書いてあった。だけど男女の割合は書いてなかった。おそらくジェンダーレス問題に配慮したのかな」


 「3組の男は24人だよな」

 吉野が六ッ川と確認するように顔を見合わせて言った。

 碧が続ける。

 「それがね、25人なのよ」


 「どういうこと?」

 皆が不思議そうに碧を見る。


 「ガイダンスが行われた教室の入口脇に、クラスごとの名前が男女別に書いてあった。みんな自分の名前しか見ないから気付かなかったのかもしれないけどね。私は数えたの。提示されていた紙には、男子の行に25人、女子の行に5人分の名前が書いてあった」


 皆が絶句する。


 「つまり数の合わない一人は…」




~~~~~ ~~~~~ ~~~~~


 ―—天は校舎の外へ出ていた。


 ついに大学中に男であることがバレてしまった。もはやここに留まることはできないだろう。

 「もう終わりか…」思わず呟く。


 家に帰ろう。

 俯いていた顔を上げると、キャンパス内に見覚えのある男が居ることに気付く。

 あれは確か…。

 高校の同級生だった高根たかね照之てるゆき

 

 あいつ、同じ大学だったのか。

 高校3年のクラス替えで別々になってしまったため、進路までは知らなかった。

 入学してから接点がなかったことを考えると、学部が違うのだろう。


 あまり会いたくない人物だったが、不運なことに高根がこちらに気付いたようだ。

 目の前まで歩いて来ると、薄笑いを浮かべながら「よう、テン。久しぶり」と話しかけてきた。

 何の反応も示さずにいると、

 「おまえ、卯月うづきそらだろ。なんで女の格好してるんだ?」


 昔からモラハラの酷い嫌な奴だったが、相変わらずだ。

 しかし返答に詰まった。名前も出身校も知られているのに、赤の他人だ答えるのは無理がある。かと言って認めると「卯月天は男」という事が確定してしまう。


 「なんだよ。なんか言えよ。昔から女みたいな奴だったけど、ついに女装に目覚めたのか?」


 この場から逃げ出そう。そう思った時、後ろの方から南の声がした。


 「テンちゃーん!」


 心配して後を追ってきたようだ。エレンも一緒にいる。


 察しの良いエレンは、すぐにその場に居た男との間に不穏な空気を感じ取ったようだ。

 「テンちゃん、教室に戻ろう。授業が始まるよ」と手を引いて半ば強引に校舎へと引っ張っぱって行こうとする。

 「うん、わかった…」

 教室には戻りたくなかったが、今はこの場を離れたい。温かいエレンの手に引かれながら、高根に背を向けた。高根の「ちっ」という舌打ちが聞こえる。

 横にいた南が振り返り、ちらりと高根を一瞥していた。




 ―—南とエレンに阻まれた高根は、しばらく三人の後姿を見送っていたが、急にきびすを返すと、本館へ向かって歩いて行った。





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