第9話 宿命

 バス停の前には行列ができていた。朝の通勤通学時間帯は、バス待ちの人で混雑している。入試やガイダンスなどで、何度かこのバスに乗っているが、これほど人が並んでいるのは初めてだ。

 サラリーマン風の人が多くいる中、おそらく同じ大学に通う人もいるのだろう。


 4月だから仕方ないのか。でも、全員乗れるのかな?

 などと心配になるくらいの行列に見えた。そらが生まれ育った町では、バス停に人が行列をなしている光景なんて見たことがなかった。それに、乗り遅れたら次のバスは1時間以上待たされるというような田舎町だった。

 このバス停は始発のため、十二分じゅうにぶんに乗ることができるだろう。もし乗れなくても、次のバスが十数分後には来るという安心感がある。


 「いいね、都会って」

 朝の混雑にウンザリしている行列の人たちに反して、天は口元が緩む。




 ほどなくしてバスが到着し、あっという間に満員となった。幸いにして天も乗り込むことができたが、さすがに座れる席はない。


 バスが動き出し、住宅地がある丘陵地帯に差し掛かる。もともと広い団地があった場所だけに、この辺りは他と比べてバス停が多い。停車するたびに通勤客が乗り込んできて、すでに満員だったバスは寿司詰め状態に…。


 先ほどまでの嬉しい感情は何処へやら。天はトートバッグを抱えるように持ちながら、手摺りにも手を伸ばし、押し倒されないように必死に掴んでいた。


 これも都会か…。




 すっかり葉桜となった桜並木を通過していた。

 大学まで30分ほどで到着する道のりは、定刻よりやや遅れている感じがする。


 人の波に押し潰されそうになりながらも、大学まであと少しという所で、天は背後に違和感を覚えた。

 先ほどからずっと、天の尻の部分に何かが当たっているのだ。

 混雑している車内。カバンや体の一部がぶつかるのは仕方がないのだが、それは感触的に人の手で、こうではなくてのひらが触れているようだった。


 ええっ? な、なに…? なにやってるの?


 心の奥では天はまだ男だから、すぐには状況が理解できなかった。


 これって、意図的に触られてる? 痴漢?




 この日は、ニットシャツにスプリングコートを羽織り、デニムのジーンズを履いて出掛けた。ネットで見たコーディネートを真似しただけなのだが…。


 天が買い揃えた服はパンツ系コーデばかり。スカートを履くにはまだ勇気が足りなかった。選んだパンツ系も、生地によっては下着が透けたり、パンティラインが見えてしまうことがある。そのため、下着が分からないように下にストッキングを履くことはリサーチ済みだ。見え難くなる下着もあるが、予算の都合で買ってない。


 女性の服から下着が透けて見えてしまうのは、以前から男目線で見ていた時に気付いていたことだった。男は厭らしいなんて言うなかれ。どうしても目に入ってしまうのだから仕方がない。生地が薄いからいけないんじゃないかと思ったりもする。


 そのような理由から、厚手のデニム生地ならストッキングは不要かと、今日は履かずに出た。しかしこれが裏目に。女性となった天の体は割とスタイルが良い。パンティラインはさほど目立たないものの、スキニーデニムは丸い双丘をくっきりと映し出し、絶妙に男心をくすぐっていることに、当の本人は気付いていない。





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