第8話 奮起

 ガイダンスから帰ってすぐに、そらは動き出した。

 今後は日常的に通学しなくてはならない。毎回、本当は中身が男だなんてバレないように過ごすのは不可能だ。それなら周りにいる人から「この人は女性だ」と認識されるような所作振る舞いをしていた方が、疑われることなく自然と女性に見えるのではないか、と天は思った。


 前期授業が始まるまでの間に、メイクの勉強を始め、化粧品を買い揃えた。いつもなら通販サイトで買うところだが、わざわざ電車に乗ってショッピングセンターまで出掛け、化粧品売り場で店員からアドバイスを貰いながら選んだ。

 さらに、女子大生が使いそうなバッグやイヤリングなどの小物、身辺の持ち物を全て見直し、普段着も含めて家にある男物の服からの買い替えを進めた。女性向けのファッション雑誌を買ってきて、無頓着だったコーディネートを勉強する。

 言葉遣いも重要だ。「女性の美しい話し方」をネット動画を見て学ぶ。間違っても「俺は…」なんて言わないように、考えている時でも一人称は「私」と言うように心がけた。




 それにしても…。

 女性でいるには思いの外お金がかかる。過大な出費は、天がバイクを買うために貯めてきたお金を使い果たすことになった。


 「バイトも探さないと…」




 それから、もう一つの出来事があった。

 天が幼少時に”お姉さん”と慕っていた新川景子の所属事務所から、メールで返信が来ていた。

 要約すると、『遠い親戚や昔の知り合いを装って接触しようとする人が多いため、当人と連絡を取りたい言われても返答はできない』というような内容だった。

 マネージャーか事務所のスタッフの判断であろうと思われるメールには、新川景子本人が読んだかどうかは記されていない。


 まぁ、そうだろうな。

 お姉さんが私(天)を覚えているかも分からないし…。




 相談相手は見つからなかったが、すでに心は決まっていた。これから一人で対峙して行かなければならない、と。


 永田ながたみなみが言っていたように、白黒つける必要はないのかもしれない。だけど、今のこの姿も嫌ではなくなってきた。もしかしたら自分もトランスジェンダーなんだろうか、とも考えたけど、それはなんだか違う気がする。


 男だった時は、男らしくありたいと思っていたし、女の子に興味があった。

 今は…。男に戻りたいとは思うけれど、それは慣れない体が不便に感じるから。付け焼刃で女性になろうとしていたから粗が出る。粗を隠そうとすれば矛盾が出てきてしまう。

 子供の時から”女性”だった人達に敵う訳もないが、努力して近付くことはできるかもしれない。気持ちの上でも女性として生きて行けば、それは今の姿に見合った”自分らしさ”、”自分の色”になるのではないか。




 授業開始日の朝。

 新たに部屋に置いたのは、大きな姿見。全身をチェックでき、俯瞰ふかんした自分に気を配ることができる。


 「うん。これで立派な女子大生!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る