第7話 未開

 そらは物販部へ行ってみた。ここでは文房具の他、授業で使う専門的なソフトウェアやPC関連品など様々な商品を販売している。


 元来、ゲーム好きの天。PCにおいてもオタク的なところがある。さすがにPCゲームは置いてないが、商品棚に並べられた周辺機器をただ眺めているだけで至福の時を過ごせる。



 データのバックアップ用に外付けのHDDを買っておこうかな。いや、通学で持ち運ぶならSSDとかUSBメモリの方がいいのかな?



 見入っているうちに注意力が削がれたのか、大事に持っていた学生証を落とした。

 たまたますぐ後ろにいた女の子が気付いて拾う。


 「学生証、落としましたよ。ええと、うづき…てん…君?」




 ”君”と呼ばれてギョッとした。

 男であることがバレたと思った。


 「えっ? あっ…いや、あの…」

 挙動不審になりながら振り向くと、そこには小柄で可愛らしい女の子が不思議そうな顔で見上げていた。




 「ああ、ごめん。写真が男の子っぽく見えたから」

 女の子は振り向いた天にアイドル並みの笑顔で微笑みかけ、手にした学生証を差し出す。




 「あ、あの、その…ありがと…ござま…」

 会話をするところまでは予習してこなかった天は、焦ってしどろもどろになってしまう。名前を読み間違えられていることなど気付くよしもない。


 女の子は天に手渡す前にもう一度、写真と実物を見比べている。写真は間違いなく男なのだ。気付かれてしまったかもしれない。どうしよう…。



 「あれ? もしかして…」



 バレた!と思った。

 しかし女の子はすぐに続けて、「同じクラスだね」と言った。



 「…え?」




~~~~~ ~~~~~ ~~~~~


 天と女の子は物販部を出て、学内のカフェにいた。コーヒーを飲んで少し落ち着きを取り戻しつつあったが、目の前にはアイドルのようなキラキラした可愛い女の子が座っていて、それはそれで落ち着かない。


 永田ながたみなみと名乗るこの子に誘われ、カフェに寄ることになったものの、どう会話すればいいのか困り果てていた。

 そんな天の様子を気にすることもなく、南は淡々と自分から話をする。どこから通っているとか、こんなことに興味があるとか…。



 都会の子は人慣れしているんだな。初めて会った相手でも、臆することなく親しげに話せる。それに、見た目も服装も本当にお洒落で、本当に芸能人みたいだ。

 さっきから近くに座る男子たちの視線を感じるのだが、それは南に向けられているものだろう。天の目には男も女も皆スタイリッシュで格好良く映る。特に女子はメイクもバッチリ決まっていてさすが都会という感じ。


 う~ん、メイクもしなきゃダメかな?


 とにかく今日を乗り切ることしか頭になかった。学生証と今の顔の乖離かいりがあってはいけないと思って、普段通り顔には何も手を付けずに来たのだが、完全に女子化している現状では今後も女子として学生生活を送るしかない。

 同じクラスの南に”女子”と認識されてしまったのだし。




 「ねぇ、テンちゃんはさぁ…」


 テンちゃん?

 「いや、”てん”じゃなくて、”そら”と読むんだけど」


 「そうなの? いつもスッピンなの?」


 南の話を半ば上の空で聞いていた天はドキッとした。今考えていたメイクのことを指摘されて、心の中を見透かされているのかと思った。




 天:「そ、そうだよね。メイク…した方がいいよね…」


 南:「男装とかしたら似合いそう」


 天:「だ、男装? うん、よく…言われる…」


 南:「あれ、ごめん。もしかして気に障ること言っちゃった?」


 天:「そんなことないよ。でも…」


 南:「でも?」


 天:「男か女かわからないとは、昔からよく言われてた」


 天は、小学生の学芸会のエピソードを男女逆に変えて話した。どちらにも間違えられることは、決して嘘を言っている訳ではないので、南には素直な気持ちで話せた。



 「もっと男…じゃなくて、女らしくした方がいいのはわかっているんだけど…」


 帰ったら色々リサーチして頑張ります、と心の中で呟いた。



 南:「テンちゃん…」


 天:「”そら”です」


 南:「白か黒に拘る必要はなくない? テンちゃんにはそれ以外に似合う色がきっとあるよ。自分の色を探せばいいんだよ」


 こんな可愛い子に哲学的な話をされるとは思わなかった。

 しかし、けだ至言しげんだ。


 もっと女性について研究してみる必要があるな。授業が始まる日までにもう少し自分の色が出せるように頑張ろう。





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