第6話 落手

 入学ガイダンス当日。

 万全を期して準備してきたつもりでいたが、色々な思いが頭をよぎり、なかなか寝付けない。明け方頃にうとうとして、危うく寝過ごすところであった。ガイダンスは少し遅い時間に始まるので助かった。これが通常の授業なら、完全に遅刻していただろう。




 そらの住むワンルームマンションから大学までの通学にはバスを利用する。近くに電車の駅はあるが、大学とは別の方向へ行ってしまう。駅前からバスに乗り、丘陵地帯を超えた先に天の通う大学がある。大学の正門前にバス停があるため、ほぼ歩くことなく通学できる。


 バス路線の途中にある丘陵には、数年前に古い団地を取り壊し、区画整理されて、今は新築の住宅が立ち並んでいる。バス通りも広く真新しい。両脇には桜の木が植えられていて、天が部屋探しに来た3月末頃には満開の桜がとても綺麗だった。




 バスに揺られること30分。大学の正門前で降りる。遅刻どころか、予定より少し早めに到着したようだ。

 このバス停を過ぎて乗り続けると、別の路線駅に着く。こちらの路線は都心部の大きな駅へ向かうため、通勤時間帯はバスも混雑するだろう。


 正門を抜け、目的の本館へ向かう。学内にはいくつかの校舎があり、どれもが高層ビルのような建物だ。田園風景しか知らない天には、ゲームの世界にでも迷い込んだような感覚だった。


 今はまだ春休みの期間であるため、部活動などで登校している一部の在校生や学校関係者以外はほぼ人がいない。今日のガイダンスは学部別に行っているので、同じように本館へ向かって行くのは同学部の新1年生であろう。

 本館を入るとすぐに新1年生に向けた案内が貼り出されている。案内表示に従って上階の広い教室へ。入り口に職員がいて、書類とICチップ入りの学生証を交換している。緊張の瞬間だ。


 「入学手続きの書類を出してください」

 と言われ、バッグから書類を取り出す。心なしか手が震える。


 職員は受け取った書類を見ながら、入学金や前期授業料が振込み済みかを確認をしている様子。別の職員は、書類に書かれた番号を見てICチップが付いたカード型の学生証を探している。作業は割とアナログだ。

 天にはそんな様子をドキドキしながら見守るしかなかった。


 結局、職員からは学生証の取り扱いについて説明を受けただけで、危惧していたことは何も起こらず、杞憂に終わった。

 あっさり学生証を受け取ることができた天は、教室に入って空いた席に座り、まじまじと手にした学生証を眺める。

 男の時の天の写真がそこにあった。本当に似てるだけで、男か女かなんて確認もせずに学生証を渡されたな。安堵して思わず「ふぅ」と脱力する。




 天の専攻は情報学部WEBエンジニア科。女子の比率は低く、およそ2割ほどと言われている。WEBデザインの授業など、美術系の女子向きと思える必須科目もあるが、まだまだ理系女子は少ないようだ。


 ガイダンスの内容は、大学生活での諸注意、校則、マナーなど。続いて履修登録の説明がある。一通りの説明が終わった後は、学科別に分かれ、受け取った用紙に沿って教科書を購入する。

 情報学部では個人でPCも必要になるので、持っていない者は物販部でノートPCの購入もできる。ここにはUSBメモリーや外付けHDDなどの他、授業で必要になるソフトウェアも販売されている。ちょっとしたPC専門店みたいな場所だ。

 天はすでに要件を満たしたノートPCを持っているが、興味本位で物販部へ行ってみることにした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る