第4話 記憶

 鏡の中にいる女性はそらの問いに答えず、見つめ返してくる。何かを伝えたいようにも見える。




 ふと、幼き日の記憶が蘇る。

 近所に住んでいたお姉さん。天が一人っ子だったこともあり、良く一緒に遊んでくれた。父の話では高校を卒業してすぐに上京し、女優になったとか…。そうだ、あの美人女優の新川しんかわ景子けいこだ。




 小学生時代。わんぱくな男の子が多い中、天はおとなしく、知情意の調和が取れた子供だった。両親も育てるのが楽だと言っているのを聞いたことがある。逆に、学校ではそれがあだとなり、浮いた存在で、常に一人ぼっちで過ごすことが多かった。

 いつも一緒にいてくれたお姉さんは、楚々そそしとやかな立居振舞たちいふるまいをしていた。いつか自分もあのような振る舞いができる大人になりたいと思った。


 小学4年生の学芸会で、欠席した女子に変わり、天が即席のスカートとカツラを被って代役を務めたことがある。イメージはもちろんお姉さん。

 天が舞台に登壇すると、同級生たちは「あの子、誰?」と騒めき立った。担任の教師でさえも、それが天だと気付かなかったほど、完全な女の子に見えていたようだ。

 もともと天は華奢で色白、小顔。睫毛まつげも長くて二重のパッチリとした目をしていた。若さゆえに童顔やキメ細やかな肌、…というのはこの時点では差し引いたとしても、十分に可愛らしく見えたのであろう。




 目の前に映る艶美な女性は、あの時のお姉さん?

 いや。新川景子はテレビで見かけるが、この顔とは違う。


 「キミはいったい誰なんだ?」

 天は改めて問う。が、誰も答えるはずもなく、そして不安が募る。


 ずっとこのままなんだろうか?

 男の自分には戻れないのか?

 これからどうやって生きて行けばいいんだろう?


 相談ができるような親しい友人もおらず、まして上京してきたばかりで知り合いもいないような状況だ。


 「知り合い…。あ、新川景子!」


 お姉さんにこの状況を説明したら相談に乗ってくれるかもしれない。

 天は新川景子の所属事務所を調べ、自分が幼い頃に近所に住んでいた卯月天だというエピソードを添えて、連絡を取ってみることにした。





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