第二話 悪徳の街 グローダン
俺は王都を出て3か月、馬車を乗り継ぎグローダンの近くの街ハーヴェイに来ていた。この街は城塞都市だ。人類圏でも有数の防備を誇る。兵士たちとそれを相手に商売する店や、娼館が多く、娯楽は酒と女、と少ないが治安は王都にも引けを取らない。優雅さはかけらもないが活気のある街だった。
出来ればこの街に留まりたい気持ちに駆られるが、手紙の内容を無視して首を切られては堪らん。俺は早々にこの街を出ることにした。
ここから先は、馬を買い徒歩での移動になる。
街の西門をでるときに注意するように念を押された。
なんでもこの先、グローダンの街は現在無政府状態なのだという。
野盗がマフィア化し幅を利かせ、街を管理しているというのだ。
ハーヴェイから討伐軍を出したいが、拠点が多く、地の利がある相手に苦戦しているそうだ。
俺はやだやだ、とぼやきながら、西門を出ていく。
そこから三日ほど、馬を走らせると件のグローダンの街に着いた。
防壁も崩れ寂れた街という印象だった。
道には浮浪者や餓死者もおり、皆疲れた顔をしていた。
どうやら経済が停滞しているようだ。そりゃそうだろう、こんな街商人が寄り付くはずもない。金の流れは人の流れだ、停滞した街が金を産むことはない。商人は鼻が利く、金の匂いをかぎ分ける鼻だ。この街には金の匂いなどどこにもしない、するのは死臭とどぶを攫ったような腐臭だけだ。
「ひでぇなこりゃ。 こんなんじゃ野盗も碌な暮らしができねーだろうに」
俺は街を見て歩き来つつ、感想を述べた。
そのまま街の大通りを歩きながら辺りを物色していると武器をもった一団に出くわす。どうやら彼らが街を牛耳る野盗らしい。そのうちの一人がボロボロの剣を抜いて切っ先を俺に向けた。
「あんだお前? よそもんがここに何しにきやがった!」
「あぁおいら、流れの食い詰め者でしてね? ここの親分さんが街を掌握しちまったって聞いて、おいらの力が役にたたねぇかといっちょ遥々王都からでてきたんでさ」
我ながら、小物臭い。
俺の見た目は、野暮ったい黒髪に、長年の日陰者暮らしで目線を下にして暮らしたせいか、背筋が悪い。こういう喋り方が自分でも嫌になるくらいぴったりだった。
「あぁん? てめぇみたいのがなんの役に立つってんだ?」
「そりゃごもっともで! へへっ。 ですがね? きっとご満足いただけるとおもいますよ?」
俺は胡散臭い笑みを作り、有能さをアピールする。
しかし、その企みは失敗だったようだ。
俺は袋叩きにされた。 俺が動かなくなると、そのままどこかに運び込まれたのだった。
――どさりと俺は乱暴に石畳の上の降ろされる。
俺の手には手錠が掛けられていた。俺は痛みの中意識を保てず、そのまま眼を閉じるのだった。
数十分後のことだろうバシャりと水を掛けられて俺は飛び起きる。
眼を開けるとそこは地下牢だった。
格子状の金属のドアの先には松明を持った男と、非常にでかいスキンヘッドの男がいた。その手には水桶が携えられている。
どうやらあれを掛けられたらしい。男たちはにやにやとこちらを見つめていた。
「お前、なにもんだ? 俺様にようがあるって話だが?」
スキンヘッドの男が俺に威圧するように話しかけてくる。
どうやらこの男が頭目のようだ。俺は痛みに耐え寝そべった身体を起こし、向き直ると話し始めた。
「へい! おいらは、街でケチな泥棒をしていた。ギンジってものでさぁ。親分さんは悪党の中じゃそりゃもう有名なんですぜ? 街一つを手に入れるなんてそこらの悪党にゃ思いつきもしねぇ。 みんな憧れちまってる。いや惚れちまってんだ。 どうか親分の下においらをつかっちゃくれねーかい?」
「ほーう。 俺は王都でも有名になってんのかい?」
「そりゃそうですよ。 今や王都は親分の噂でもちきりですぜ?」
「っけ! ごますりのうめーやつだ! 俺はよえー奴はきらいだが、気分を良くしてくれるやつはきらいじゃねぇ……。しゃあねぇ出してやる。 お前ら牢を開けろ」
「ちょ! 親分! いいんですかい? スパイかもしんねーんですよ?」
松明をもった男は、納得がいかないようだ。
「だったら監視を付けとけ、こういう小細工が好きですって面のやつを、軍のやつらが使うとも思えんがな」
「ですが……」
その会話に俺は口を挟む。
「いやいや、それには及びませんぜ。 別に開けていただかなくてもこのぐらい、よっと!」
そういうと、俺は立ってからんからんと手錠を外して見せたのだった。
ここに運んできたやつらは、ボディチェックを怠ったのだ。
仕込んだ針金さえあれば、この程度の錠前外すのは造作もない。
魔法の才能がないからとこういう手品染みた小細工は練習してきた。
呆気に取られた二人を尻目に、そのまま牢の鍵をかちりと開け外に出る。
すると頭目は「おもしれぇやつだ」と気に入った様子で大笑いするのだった。
俺はこの日無職から、晴れて野盗の一味にランクダウンしたのだ。
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