何年?

第2話気が付くと

 目を覚ますと私は浴槽に浸かっていた。どうやら生きているらしい。電話口からは相当怖い事を言われたような。しかし思い出す事が出来ない。

 身体が温まって来た。氷風呂に慣れて感覚が麻痺して来たのか……。いや違う。これは本当のお湯だ。しかもこの浴槽。木で出来ている。確か私が入っていたのは所謂バスタブ。ヒノキのような高級品では勿論無かった。この間、何が起こったのだ……。猜疑心に苛まれる私の耳元に……。

「御湯加減如何ですか?」

の声が。

「誰だ!!」

と警戒する私。それに対し、

「きへえでありますが。」

の声。

私は海外に行っていたハズ。現地に日本人が居ないわけでは勿論無い。勿論無いが、「きへえ」などと言う奇妙奇天烈な名前の者を私は知らない。にも関わらず「当然知っているでしょ。」の感覚で応じる声の主に。

「……何……?」

と極力相手を煽らないように質問を投げ掛ける私に対し、

「えっ!?御館様が『酒を抜きたいから風呂に入りたい。』と言っていたではありませんか。」

との声が。

(御館様?)

私「御館様とは?」

「御館様は御館様でありましょう。また惚けないで下さい。」

(えっ!?)

私「ちょっと記憶が無くなって居るようなので聞いて良いか?」

「何でありましょうか?」

私「私はいったい誰なんだ?」

「えっ!?御館様であります。」

私「いやそうでは無い。」

「他にありませんが。」

私「そうでは無くて、私の名前を教えてくれないか?」

「昨夜。相当飲まされましたから仕方ありませんね。御館様は武田勝頼様であります。忘れないで下さい。」

私「武田勝頼……。」

「はい。そうであります。」

私「武田勝頼と言えば、甲斐の……。」

「はい。甲斐の武田家の当主であります武田勝頼様であります。」

私「私は今、武田勝頼なのか?」

「えぇ。勿論であります。」

私「ちょっと待って。」

「火の量が強過ぎましたか?申し訳御座いません。」

私「いや。そうでは無い。私が武田勝頼。と言う事は、今は足利……。」

「将軍様は、信長により京から追放されています。」

私「私が御館様と言う事は当然、信玄は……。」

「対外的には秘密となっていますが、残念ながら亡くなられています。」

私「私は信長と……。」

「いくさをしている最中であります。」

私「そうなって来ると、不安になる事があるんだけど?」

「どのような件でありましょうか?」

私「今、……何年?」

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