下総千葉郡千葉妙見社・鉄妙見、黄金を産むの事(その二)
次に始まった光景は「地獄」そのものだった。「
「ああ、くそっ……せっかく生き残ったってえのに、これじゃああの時利根川で死んじまってた方が
「ほざくがいい人間!いくら貴様らが清廉潔白なお行儀の良い事を
「…………」
あざ笑うかのように叫ぶ小次郎、黙して一言も語らぬ小次郎……二人の「千葉小次郎」が眼前の地獄絵図を見下ろしている。周囲にいた
「これが、『
頼義は境内に轟く
なす術も無く呆然としていた頼義たちの足元に何かがドサリ、という音を響かせて落ちてきた。
「羊太夫……!」
落ちてきたのは胸を刺し貫かれて大穴を開けた羊太夫その人だった。供物の血を捧げ切った生け贄にもう用は無いとばかりに小次郎が蹴り飛ばして打ち捨てたものだった。
「が……が……」
羊太夫はまだ生きている。もはや流す血も無いのか出血は止まっているが、その皮膚は青黒く、皺に埋もれた顔は到底生きている人間のそれには見えなかった。
「く、く……くろ、が、ね……と、とと……」
すでに言葉を紡ぐことも叶わない小さな老人は、それでも這いずりながら「鉄妙見」の方へと近づいて行く。
「……なんて野郎だ、こんな身になってもまだそれでも『鉄妙見』かよ。そんなに黄金が欲しいのかテメエはよお!!」
金平がたまりかねて羊太夫を罵倒する。頼義は金平を制して羊太夫に近づいた。羊太夫は彼女の存在にも気付かずまだズルズルと這いずりながら少しでも「鉄妙見」に近づこうと這い寄って行く。
「みょうけんさま……みょうけんさま……あれを、あれを……」
「…………」
「あれを……鉄妙見様を……」
羊太夫が力なく顔を上げ、震える声でか細く叫んだ。
「
「!?」
最後の言葉を振り絞って、羊太夫は事切れた。
「…………」
羊太夫が
金平は小次郎の方を見る。小次郎は目の前に転がっている新たな生け贄の血を吸わせて「鉄妙見」から黄金の複製を生み出し続けている。その顔を、「鉄妙見」の、人の生き血を吸って真っ赤に染まった坐像の顔が、
さっきまでは荒削りな、申し訳程度に彫り込まれていただけのはずの「鉄妙見」の顔が、これ以上ないというほどに下品で邪悪な笑みを浮かべて血にまみれの全身をテカテカと光り輝かせていた。
(モット……モット……モット……)
その「声」は音に出さずとも金平はじめその場にいた正気の者全員の耳にハッキリと聞こえた。血を、生け贄を、
(ああ、鬼だ……)
頼義はようやく得心が行った。物言わぬ意思無き仏像。ただの物質に過ぎないこの見すぼらしい坐像は、今間違い無く異界から通ずる「道」を開き、その邪悪な「
(これは……断じてこの世に止めておくべきものでは無い……!!)
頼義と金平は顔を合わせる。口にするまでも無く、二人が次にするべき行動は互いに理解していた。
「
哀れに生き絶えた老人の亡骸を穂多流に預け、頼義と金平は「鉄妙見」を掲げる千葉小次郎めがけて駆け出して行った。
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