下総千葉郡千葉妙見社・頼義、忠常、一騎打ちの事

群がるたちをはねのけて頼義が「七星剣」を振るう。七星剣は完全に頼義に従い、彼女の意のままに光の龍が乱舞する。七つの光龍はまるでそれぞれに意志が宿るが如く自在に空を飛翔し、骸骨の使い魔を噛み砕いていった。


が、骸骨兵は倒しても倒しても、いくら七星剣がそれらを炭の粉に還してもその度に新たに地面から生まれ、また頼義たちに襲いかかる。



「うおおおおおおおおおお!!!!!!」



坂田金平が咆哮を上げて剣鉾けんほこを振り回す。その全てを薙ぎ払う事は叶わなかったが、それでも一瞬、壇上にいる平忠常たいらのただつね千葉小次郎ちばのこじろう、同じ顔をした二人へ向かって進む道が開けた。


頼義はその隙を逃さず七星剣の光龍を忠常たちに向かって飛ばす。二人の「千葉小次郎」は怯む事もなく襲いかかる光龍を払いのけ、その攻撃をかわす。が、その光龍たちの攻勢に合わせて勢いよく飛び込んできた頼義の一頭を完全には避け切ることができなかった。



「くっ!?」



小次郎の片割れが左目を押さえて後退する。先程碓井貞光うすいのさだみつの一射によって片目を撃ち抜かれていた方の小次郎はその分遠近感を見誤ったか、頼義の一撃をかわしきれずに再び左目に損傷を追うこととなった。幸いというか、すでに左目は矢傷によって失われていたために致命的な隙にはならなかったが、それでも盲目の小娘相手に不覚を取ったことがこの「鬼」の誇りをいたく傷つけた。



「貴様ァッ!!」



激昂して小次郎が叫ぶ。が、頼義はなぜかそちらの「小次郎」には目もくれず、もう一人の方の「小次郎」にだけ注意を傾け、刃を向けていた。



「おいっ、向く方向が違おう!お前の相手は俺だ!なぜこちらを向かぬ!?」



重ねて侮辱を受けたと感じたか、片目の方の小次郎がさらに怒りの度を増して頼義に叫んだ。だが頼義は一向にこちらの「小次郎」には気にも払わず、ひたすらにもう一人の方の「小次郎」に対して剣を振るっていた。



「貴様あぁっ!!」


「おおっと!」



怒りに任せて剣を突き立てようとする小次郎を金平の剣鉾が立ち塞がった。



「オメエの相手は俺ださんよお、ウチの殿さんはの相手で手一杯だからよお」


「!?そういう……事かあっ!!」



片目の小次郎が金平の剣鉾を払い上げてさらに突進して頼義に向かおうとする。一瞬バランスを崩した金平の巨体の陰から抜き打ちで何者かの一刀が小次郎に向かった。その剣を辛うじてかわした小次郎は再び距離をとって忌々しそうに叫んだ。



光圀みつくに……!この死に損ないめがあ!!」



金平の背中から幽鬼のように細々とした気配の大宅光圀おおやけのみつくにが、それでも小次郎に対する殺気だけは失わずに視線を外さずゆらりと現れた。「鬼」となった左腕は「七星剣」の光の龍に食い破られて黒ずみ、崩れかかっている。「小次郎」に侵食されかかった顔も元の光圀のそれに戻ってはいるものの、その皮膚は焼けただれたように痛々しい傷跡をあらわにしている。



「邪魔立てするか雑魚ども!ならばなますに裂いてやる、死ねえっ!!」



小次郎が手にした太刀を大振りにして金平と光圀に襲いかかる。周囲の骸骨兵も小次郎に従って二人を取り囲んだ。



「おう上等だこの野郎、やれるもんならやってみやがれゴルァ!!行くぜおっさん!!」


「おっさん……」



こんな状況でも金平に「おっさん」呼ばわりされることの理不尽に納得がいかないのか、渋い顔をしながらもそれでも再び鞘に納めた愛用の太刀を存分に振るって迫り来る使い魔の襲来から頼義を守る。先程のような無念無想の境地は既に遠のいていたが、それでも技の冴えは一向に衰えること無く、次々と骸骨兵を薙ぎ払い、小次郎の剣戟を防いで行く。


その間、頼義はもう一人の千葉小次郎と幾度も刃を交えていた。細身の直刀じきとうである七星剣では決定打に欠け、忠常を討ち果たすには至らない。度々忠常の放つ重い一撃に押し返されて、相手に致命傷を与えるところまでは届かない。


忠常はこの年若い盲目の少女がこれほどの剣技を振るう事実に驚愕していた。頼義もまたこの由緒正しいとはいえ一地方貴族の身に甘んじていた男がこれほどの剛力と剣技を備えていたという事実に舌を巻いていた。互いが互いを見くびっていたわけでは無い。ただ共に己の予想以上に相手の剣技が上回っていたがために、二人の交戦はいつ果てるとも無く続いた。


それでも頼義は迷うこと無く忠常に向かって七星剣を振るった。肉芝仙にくしせんが去り際に言い残した言葉が耳に残る。あの仙人は忠常には小次郎の身体を使う事はできないと言った。翻ってあの消滅した滝夜叉姫たきやしゃを思い出す。彼女は大宅光圀の細君の身体に取り憑いて転生したという。ならば千葉小次郎こと平良門たいらのよしかどもまた己が肉親である忠常の身体に取り憑いてこの世に復活したものと見える。事実、多古荘たこのしょうで出会った。分身の千葉小次郎はそのようにして転生を遂げたと語っていた。つまり、


……!!


そう確信した頼義は、初めから狙いを平忠常ただ一人に定めていた。彼さえ討ち果たせば、分身である千葉小次郎もまたこの世に留まることは叶わないはず。残された分身があと何人存在するか知れぬが、この忠常本体を倒しさえすれば残された分身たちも道連れに黄泉路へ送り返すことができるだろう。少なくともこれ以上「千葉小次郎」が増えることは無い、頼義はその一点に賭けた。



「はあっ!!」



頼義が七星剣の光龍を放つ。七星の光は再び光の龍となって忠常に襲いかかった。忠常はそれでも一つ一つ確実にその光龍を打ち返して行く。頼義は手を緩めること無く



龍髭りょうぜん!!」



と高らかに叫ぶ。その瞬間頼義の手に空中から発した白雷が集まり、身の丈ほどもある大弓が手中に突如として現れた。それはかつて頼義が「八幡神」と合一した時に彼の者より譲り渡され、「玉藻」と名乗る妖狐「白面童子」の半身を吹き飛ばした、「鬼狩り」の聖弓だった。


頼義はすかさず「龍髭」の大弓を空番からつがえして弦を引く。すると空中から光が収束して行き、青白い光の矢が「龍髭」に装填された。



「南無八幡大菩薩、我に七難八苦を与え給え!!」


頼義の祈りにも似た絶叫と共に、光の矢は「龍髭」の大弓から放たれた。

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