下総千葉郡千葉妙見社・鉄妙見、黄金を産むの事

完全に開かれた妙見堂の正面扉を突破して八束小脛やつかこはぎたちが堂内になだれ込む。本堂の中はガランとした質素な作りだった。飾り付けるものは一切なく、ただ簡素な台座の上に、その立像がただ一体だけ立っていた。


両足を踏みしめ、降魔の利剣を杖のように携えて静かな笑みを浮かべるその立像は、頭巾を被った鎧武者のようにも、仏の道を説く菩薩のようにも見えた。後光を表す黄金の輪がその背後に浮かんでいる。



「…………!!」



八束小脛たちを押しのけるようにして羊太夫ひつじだゆうが本堂へ入ってきてその立像と対面する。羊太夫は落ちくぼんだ目を限界まで大きく広げるようにしてその立像を凝視した。



「あれが……『鉄妙見くろがねみょうけん』……!?」



金平は遠くで開かれた扉の向こうにわずかに見えるその聖遺物せいいぶつをよく見ようと覗き込む。その動きを八束小脛に牽制されて落ち着いて見ていられない。



「ああクソッ!!邪魔なんだよテメエら!!」



金平は苛立って剣鉾けんほこを振り回すが、小脛たちはもう金平たちを相手にする気はないようである。ただ己が盟主の立像との対面を邪魔されないよう、遠くへ追いやるために金平たちに刃を向けているだけだった。


その一瞬、羊太夫と「鉄妙見」が再会を果たしたその一瞬だけ、全ての戦闘が止み、全員の視線が羊太夫と「鉄妙見」の元に集まった。



「……ちがう」



その間、時間にしてわずか秒にも満たないほどの瞬間だったはずであるが、その沈黙を破って羊太夫が思わぬことを口走った。



「ちがう、これは……!!」



その世の終わりのような凄絶な表情をして、大口を開け呆然としている羊太夫の背中から胸にかけて、千葉小次郎ちばのこじろうの非情な一刀がブスリとその老いた肉体を刺し貫いた。



「!?」


「がっ!?……ガハッ……」


「どうした?お前があれほど恋い焦がれていた念願の『鉄妙見』様だぞ。再会を祝うが良い、喜ぶが良い。お前のようなただ生きているというだけのウジ虫にとってはそれが本物であろうとニセモノであろうと変わりなどさほどあるまい」


「が……が……」


「ああ。この妙見堂に『鉄妙見』があると確かに俺は言ったな。嘘ではないぞ、ほれ、お前の愛する菩薩様はこれこの通り……」



そう言って小次郎は懐から何かを取り出し、それを高々と掲げて見せた。



「お……おお……」



小次郎が掲げたものは、小さな、粗末な作りの坐像だった。鉄でたもののように見えるが、どうやらそれは鉄ですらなかった。おそらくすずと鉛を掛け合わせた合金だろう。鉄より低い温度で融解するその合金は加工のしやすさから日用品などに多く使われる、実にありふれたものだった。


あれが本物の「鉄妙見」だと?、あんなみすぼらしい仏像に、これほど多くの人間が振り回され、多くの血が流されて行ったというのか?金平にはもう何が本物で何が偽物なのか、訳がわからなくなってきた。本物の忠常ただつね、偽物の忠常、本物の「鉄妙見」、偽物の……


頼義もまた判断のつきかねるといった表情を見せていた。その隣にいる碓井貞光うすいのさだみつだけが一人恐ろしい形相でその貧弱な姿の仏像を睨んでいた。



「ふふふ、良い折だ。おい源氏の小娘、貴様もこの『奇跡』を目の当たりにした事は無かろう。とくと味わうが良い、『鉄妙見』の素晴らしい力を、その奇跡を!!」



千葉小次郎が羊太夫を貫いていた太刀を勢いよく引き抜いた。羊太夫の胸から鮮血が噴水のように脈打って噴き出す。その血を小次郎は手にした「鉄妙見」の像にドボドボと振りかけた。血まみれになった坐像を小次郎が両手で高々と掲げる。


その仏像は坐像といったが、その座り方がまた妙な格好になっているのに金平は気づいた。普通坐像と言ったら胡座あぐらをかくように「結跏趺坐けっかふざ」の姿で彫られるものだ。それがこの像は足を半ば開き、胡座の形になりかけのような、なんとも中途半端な格好になっていた。両足はに曲がり、両足で輪を作るような仕草になっている。金平はその姿を見てある光景が思い浮かんだが、まさか、そんなな意味ではあるまいと自らの発想を頭の中で否定した。


そして、「奇跡」は始まった。


始めのうちは、それは小さな変化だった。よく見ていなければ気づきもしないだろう。だがそれはすぐにそこにいた全員にもわかるほどの変化を見せた。


坐像の下部、ちょうど足の付け根が合わさった所、いわゆる「股間」から、ムクムクと黄色く輝く「何か」がせり上がってきた。それは見る見るうちに膨らみ上がり、巨大な黄金のを形作った。



「な……!?」



金平は驚きと同時にいきなりそのような下品なものを見せつけられた事に戸惑った。その黄金の男根はなおも膨らみ続け、やがて胎児のような姿になり、さらに膨らみ続けるとついには元の坐像と全く同じ姿となって、ようやくそこで「本体」と切り離されてごとん、と音を立てて地面に転がり落ちた。


そこには「本体」と寸分違わぬ黄金の「鉄妙見」像があった。


「本体」の坐像はもう次の「黄金」を生み出し始めていた。先ほどと全く同じ行程を経て、また再び黄金の「鉄妙見」像が地面に落ちる。


ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん……


その姿はまるで母親が胎児を出産する様子にも見えた。金平は先ほど自分が思い描いた印象が間違いではなかったことを知った……!


ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん、ムクムク、ごとん……


いつの間にか魔に魅入られたかのように静まり返っていた妙見堂に黄金の坐像が作られては落ちるその音だけが響いて行った。


金平はそこでハッと正気を取り戻した。気がつけば隣で頼義が自分の手を強く握りしめている。自分は今どれほどの時間我を失っていた?確かにさっきまではあの「鉄妙見」の異様な「奇跡」を目撃していたはずだが、気がつけば無意識のうちに少しずつあの坐像のところへ己が身を引き寄せて歩いていたようだった。


かたわらにいた穂多流ほたるも取り憑かれたように目を見開いてずるずると「鉄妙見」の黄金に近づいて行っている。その頭をゴツンとたたき穂多流を正気に戻させる。気がつくと、周囲にいたもの全て、八束小脛も、貞光の配下の兵士たちも、まるで取り憑かれたかのようにジリ、ジリ、と「鉄妙見」に近づいて行っている。



「見るなよ、あの黄金を!、絶対に見るな……!」



碓井貞光が皆を引き止めるように叫ぶ。しかしのその絶叫が逆に引き金になったように、それまでゆっくりとした動きで近づいて行った者たちが一斉に「黄金」に群がるように殺到した。

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