第9話 銅版

 祟りにまつわる怪談話というのは、どれほどのエピソードがあるかわからない。東京でも平将門の首塚が有名であるし、切ったら祟りがあるとして、未だ道路の真ん中に鎮座したままの大木とか、この手の話は全国の至るところにある。寺社に納められている呪いの面とか人形とか、因縁めいた物は数知れない。

 誰だって当然祟りには合いたくないから、できればそうしたいわくつきの場所や物には接触したくはない。しかし、思いも寄らない形で遭遇してしまう人もいる。


 仕事先で知り合ったアルバイトのA君の家は、かつて家族経営の塗装業だった。

 ある時、内装を頼まれた会社へ父親と赴いた。

 その会社のオフィスの一室の隅に、銅版が祀ってある神棚とおぼしきスペースがあったという。何が刻まれた銅版なのかはわからなかったが、特別な意味があるのは一目瞭然だったそうだ。

 しかしあろうことか、塗装の作業中に、父親がその銅版を誤って床に落としてしまった。それだけならまだしも、父親は更に拾おうとした弾みにその銅版を踏みつけてしまう。

 その一連の不祥事を目撃していたA君は、何かあったらマズイ、と本能的に思ったそうだ。だが、根っから能天気だったという父親は、

「悪いネ」

 とひと言呟いて銅版を神棚に戻し、適当にパンパンと手を打って、その事態に素知らぬ顔で作業を続けたという。一方のA君はというと、不安にとりつかれ、その後の作業中も、銅版のことが気になって仕方がなかった。

 かくしてその翌日、道路を横断しようとした父親は、突進してきた車に跳ねられて入院するハメになったそうだ。

「あれは絶対、銅版の祟りだったんです」

 助手席のA君は、神妙な顔つきでそう言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る