3 過去

 ロゼが十三歳のとき、領地を妖獣ようじゅうが襲った。

 ロゼは父を失ったが、妖獣は三人の従兄たちが追い払ってくれた。従兄たちはそれまでも、有翼人種の本性である獣性でずっとロゼを守ってくれていた。ロゼが珍しい有翼人種の女性体だということを除いても、ロゼはゆりかごの中の赤子のように愛されていた。

 けれど有翼人種の獣性は、その愛情で歪むことをロゼは知らなかった。妖獣の戦いから帰って来た従兄たちを、ロゼは泣きながら出迎えた。怪我を負って血を流し、獣性をむきだしにして瞳孔が開いたままの従兄たちに比べて、自分が暮らしてきた安穏とした日々を想うと、心が痛くて泣くしかできなかった。

 ロゼは従兄たちに精一杯言った。私は嫁ぐことになったの。もうにいさまたちの足を引っ張らない。私はいなくなるから大丈夫。

 父は亡くなる前、縁談のことを従兄たちに黙っておくようにと言伝ていた。ロゼはなぜ父が従兄たちに内緒でロゼの縁談を進めていたのか知らなかった。

 ……ロゼだって、その後起こることを知っていたのなら、隠し通したに違いなかった。

 三人の従兄たちは水を打ったように黙りこくった。それで一番上の従兄が、ロゼに言った。おかえりのキスをしてくれないか、と。

 ロゼはもちろんとうなずいて、従兄にキスをした……途端、意識が途切れた。

 有翼人種の使う血止めは強力で、子どもが口から摂取すると深い眠りに落ちてしまう。ロゼは口移しでそれを飲まされたのだった。

 目覚めたロゼがいたのは、地下室の寝台の上だった。

 まだ意識がもうろうとしたまま、ロゼは三人の従兄たちに凌辱された。血止めで痺れた体は何一つ抵抗ができなかった。

 もっとも体の自由が利いたとしてもロゼは抵抗しなかったかもしれない。従兄たちはうわごとのように繰り返していた。

 行くな、行くな。ロゼ、愛している。どこにも行かないな。愛しているな?

 戦いで限界まで高ぶった獣性は、ロゼの言葉が引き金になって狂乱に落ちてしまったらしかった。

 理性の戻った従兄たちはあらゆる言葉を尽くしてロゼに詫びたが、ロゼの心には届かなかった。狂乱の最中、ロゼがどれだけ従兄たちに愛していると告げても伝わらなかったように、従兄たちの労わりもロゼには無為なものだった。ロゼは夢遊病のように屋敷をさまよい、衰弱して倒れているのを発見されては寝台に戻されるという繰り返しだった。

 狂乱のときから月が二度巡る頃、看病していた従兄たちはロゼの月のものがないことに気づいた。好物をロゼの口元に近づけても、顔を背けるばかりになったのも。医師を呼ぶと、ロゼの腹に新しい命が宿っているとわかった。

 有翼人種は伴侶が妊娠すると歓喜し、外敵から守るために過度に自由を奪ってしまう。ロゼはまた地下室に閉じ込められることになった。

 けれど従兄たちのように獣性に蝕まれて狂った有翼人種が絶えなかったからこそ、有翼人種たちは様々な合意を作って、お互いを監視していた。ロゼのあずかり知らぬところで従兄たちの罪は知れた。まもなくして屋敷には王都から騎士たちがやって来て、従兄たちを捕縛するとともにロゼを保護した。

 ジュスト様が彼らの捕縛とロゼ様の保護の手配を整えられたのですよ。やって来た騎士はそう教えてくれた。

 けれどジュスト様は今駆けつけることができません。ロゼ様は住み慣れた土地で、どうか大切な御体を癒されますよう。

 告げられた言葉は、ほとんど人形のようになっていたロゼに感情を呼び戻した。

 自分はもはや王族の伴侶にはふさわしくない。ジュストがロゼを助けてくれたその理由が、ロゼにはわからなかった。

 ロゼの幼い衰弱した体では、子を産むことは叶わなかった。ロゼは子が流れた夜、屋敷を抜け出して飛び立った。

 守られて育つ女性体は、ほとんど自らの翼で飛ぶことはない。だからこれが最初で最後と決めて、力の限り飛び続けた。宵闇は冷たく、ロゼの体を引き裂くようだった。

 飛びながら、ロゼは従兄たちのことを想った。自分と違い、従兄たちはこの冷たい夜空を何度飛んで、何度血を流しただろう。獣性で女性体を傷つけたために女性体が生まれなくなったというが、自分の正気さえ失う獣性を持つ男性体の苦しみを、神様はどうして理解してやらなかったのだろう。

 男性体と女性体など、分けなければよかったのに。……自分などいない方が、従兄たちは幸せだっただろうに。

 支離滅裂なことしか思い浮かばなくなる頃、ロゼは力尽きて落下した。有翼人種の象徴である翼が、ぱらりと背中から落ちた。

 痛みは感じなかった。夜空を飛びながら悩み続けた従兄たちのことも、不思議と意識から遠ざかっていた。

 ただ遠くにぼんやりと浮かぶ王都の灯りを見て、花冠を乗せてくれた優しい少年の瞳を思い出した。

 涙が頬を伝って、ロゼはどうにか体を起こすと、よろめきながら歩き始めた。

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