焼きそばのブルース

王子ざくり

焼きそばのブルース

ぼこん、とキッチンのシンクが鳴ったのと同時に流れるのは、人間が独りで行うあらゆる行為がクライマックスの訪れとともに奏で始める濃厚なブルースで、それは、湯切りのための爪はあらかじめ曲げて開けておくべきか湯を入れた2分40秒後までそのままにしておくかといった逡巡や、半光沢の緑と茶色のかやく・・・を麺の上に広げた直後に感じるソースの袋も開けてしまおうかといった自殺衝動タナトスを巻き込んで、どこか青みがかった湯気で見下ろす顔を包み、我々を陶然とした無表情に導くのだが、そこに立ち上るほとんどディープサウス的とさえいっていい強度を伴った無常感から目を逸らしたり、そもそも最初から無かったものとしようとするかのような行為は多くの場合許されることがなく、たとえばお湯を三角コーナーに落としてシンクの鳴り・・を防ごうとすれば、安い油と蒸された生ゴミの匂いが混然となった臭気から逃れるべく顔を逸した報いとして、薄いプラスチックの蓋と容器の間に生じた奇妙な歪みを見落とし、その隙間から、蛍光灯でしか落とし得ない不安定な陰影を纏ったキャベツの切れ端や、横倒しになったモンカフェ、そこから溢れたコーヒーかす、卵の殻、米粒、豚肉の脂身、さっき捨てたばかりのかやく・・・の小袋といった、ある種の趣向を持つ人々にとっては欲情の対象ともなりそうなチームアップの上に、クリーム色の麺のほぼ全部を落としてしまったりといった形で断罪されることになったりするわけで、もっともそんな目に遭ったそいつは、あらかじめ爪を曲げておく派ではなく、よりにもよって湯を入れて三分後に蓋を外し、爪を曲げて、また蓋を容器につけて湯を切るなんてことをするような奴で、かといって、そいつほど愚かしいわけでもない誰にでも起こり得るかもしれないそんな悲劇から我々がどんな教訓を得られるかといえば、カップ焼きそばを作るにあたっては、常に口の端を持ち上げる準備を忘れず、容器に残るお湯が半分を割った時点で3分だと思ってた待ち時間が実は5分だったと気付いたり、麺を掻き混ぜ始めた途端ソースの茶色に塗れたスパイスの小袋が容器の底から現れたのを見つけたり、食べ始めようとしたのと同時に割り箸が真ん中で真っ二つに折れたりしても取り乱さず、過剰に無口になることもなく、速やかに苦笑を浮かべ、ブルースに対しての最も無難で真摯な態度を完成させるべく発する、こんな言葉を、あらかじめ用意しておくべきだということなのかもしれない。


「あ~あ(笑)」

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焼きそばのブルース 王子ざくり @zuzunov

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