第29話 奥の手
「確かに、手ぬるい」
アムストロングが剣をロス王に突きつけた。
「例え、今、撤退したとて、内乱を知った今、ユアル・サリナスは必ず、再び攻めて来るだろう」
「何をする?」
ロス王が狼狽える。
「やはり、王を倒し、我らが主導権を握るべきなのだ。キサル総督、もう一度、問おう。民主国家になったサウズ・スバートと手を組む気はあるか?それとも我らと本気の戦争をするか?」
「フッ……フハハハハッ。この状況で、ずいぶん強気な。もはや、我が船団は首都へ総攻撃をかけ、王の首に手を掛けているというのに、まだ対等の関係を築こうと言うのか?」
「サウズ・スバートに王はいらぬ。この首、持って帰ってもらって構わん」
ロス王は目を剥いて、言葉も出ない。
「それはあんたの意見だろう?」
ビンデが言った。
「確かにこの王様は酷い王様だけど、それでも多くの国民は心から王家を誇りに思っているんだ。長い歴史の中で、サウズ・スバートには国王が欠かせない存在なんだよ。それを壊して、本当に国民が納得すると思うのかい?」
「……」
「それに敵だって、王の首を取れば、士気も上がる。そういうものだろう、戦いってやつは」
「その通りだ、ノースランドよ」
ルーカスが大きく頷く。
「うるさい、黙れ。状況を弁えろ。どう足掻いたところで、サウズ・スバートはユアル・サリナスに勝てん。大人しく降伏をしろ」
「では、我らと同盟を組む気が無いというのだな?」
アムストロングが念を押した。
「くどいッ」
キサルが鋭く言うと、アムストロングがキサルに刃を向ける。
「……おのれ、もはやこれまでだ」
キサル総督が、兵たちに合図を送ると、兵がキサルと入れ替わり、四人に迫りくる。
「……何とかならんのか?ノースランドよ」
ロス王が聞く。
「もとはと言えば、あんたの奥さんが邪魔してくれたせいだからね」
「なっ……」
「ノースランドよ、殿下に敬意を忘れるでない」
ミターナが一喝する。
「剣を捨てるんだ。この者どもを縛り上げろ」
ルーカスとアムストロングが剣を構え、取り囲まれた兵士たちと一触即発となる。
「ビンデ、間に合ったわ」
ビンデはどこからかヤーニャの声を聞いた。その瞬間、空気の中に何かを感じ、つい笑いがこみ上げてきた。
「どうした?気でも狂ったか?」
その顔を見て、ロス王が怪訝な顔をして言った。
「この気配……」
ビンデの視線に一同も夜空を見上げる。夜空には満天の星が輝いていた。
沿岸から低空してきた黒い大きな塊が、海面を切り裂くように巨大な両翼を閉じると勢いよく風が巻き起こる。戦艦がその風に煽られ揺れる。
「なんだ?」
巨大な黒い塊は、勢いよく戦艦の頭上へと舞い上がり、上空で弧を描いて飛んだ。
「な、何かいるぞ?」
操縦士が叫んだ。
巨大な黒い物体が戻ってきて、耳をつんざくような鳴き声を響かせたと思うと、漆黒の闇の中に突如、炎の壁を作り上げた。
一瞬で辺りは明るくなり、熱風が甲板にいる人々にまで伝わってくる。炎により、その怪物の姿が浮かび上がる。
「ドラゴンだぁ」
ユアル・サリナスの兵士が戦慄の声を上げる。
「……」
キサル将軍も圧倒的迫力の前に言葉を失う。
皆がドラゴンに目を奪われている隙に、ビンデはマントを被り、姿を消した。一同はドラゴンに気を奪われて、ビンデが消えたことに気付かない。
「ルーカス」
何もないところから、ビンデの声がして、ルーカスは我に返った。
「砲弾を用意しろ。砲弾でドラゴンを射止めるのだ」
船団長のコロンが指示により、呪縛を解かれたように、兵士たちが我に返る。
ドラゴンは戦艦三隻の上空を舞いながら、炎を海上に吐いてはいるが襲っては来ない。
「弓隊を準備をせよ。矢を射て、注意を引くんだ」
コロンの的確な指令により兵が動き出し、素早くドラゴンを討つ準備が整う。
「砲弾準備が整いました」
「よし、弓隊、左舷へ集まり、ドラゴンへ矢を射っ」
弓隊が左舷の端に集まり、一斉に弓を引く。ドラゴンが上空を旋回しながら、近づいてくる。正にここで、というタイミングにドラゴンの横腹が通過した時、コロンは合図の手を振り上げようとした。
「はい、そこまで」
ビンデがコロンの首元に刃を付きたてた。
「これでも、まだやるつもり?」
ビンデが聞いた。
「……」
甲板を見るとキサル総督もルーカスにより、捕らえられていた。
「いや、止めておこう」
コロンは、振り上げた手を力なく下げた。
* * *
ユアル・サリナスの戦艦が沖へ向かって進んでゆく。その様子を港で見ながら、ビンデは大きなため息を付いた。
「ノースランド・ビンデ、改めて礼を言おう」
後ろから近づいて来たロス王とミターナ王妃が満面の笑みを浮かべていた。
「構いません。先祖が交わした約束を果たしただけですから」
「ん?約束?」
「いえ、こちらの話……なんでもありません」
ビンデは口を噤んだ。
「それより、お主、改めて貴族になるつもりはないか?それなりの地位を用意して、召し抱えてしんぜよう」
「いやあ、遠慮します。それより、約束は守ってくれますよね?」
「約束?」
「クーデターを起こした者たちの罪を問わないというヤツです」
「ああ、それか。善処しよう」
ロス王はつまらなそうに言った。
「善処?守る、ときっぱり言いきってもらいたいもんですね」
「しかし、あの者たちは余に対して牙をむいたのだぞ?しかも余の首を持って帰ってもらって構わんとまで……それを許すのでは他の者に対し、示しがつかぬ。余は今回の事で国政に対して、より手綱を締めるつもりでおる」
「約束を守ってもらえないんですか?話が違いますね」
ビンデは険しい顔をした。すると、それを聞いていたミターナが声を荒げた。
「本来なら魔法が使えることも重大な法律違反あるぞ。殿下はそれを咎めないようにしているのだ。あまり図に乗るでない」
「そのことなんですが……」
ヤーニャが後ろから現れた。
「ノースランド家だけが国を護るため、唯一、魔法を使うことが許されている事、王様たちは知ってましたか?」
「何をバカな」
「三百年前の事件の真相について、ここに詳しく書いてあります。実は乱心したのはガンツではなく、ネス王の子息、ガリアロス・タス王子であったのです。事態を重く見たネス王はガンツに相談して、ガンツは自分が罪を被ることにより、王家を救ったのです。その後、ネス王は息子を病気として幽閉し、魔法を使うことを法で禁止しました。そして、ノースランド家を首都追放したと見せかけ、実は王家の庇護者として任命し、歴史の陰に隠れて、王家を守ってきたのです」
「そんな話、嘘です。教育係のラントアールの言っている事と違います」
ミターナは激しく否定した。
「長い年月のうちに王家でも、この事実を知る人がいなくなってしまったのでしょう。それはうちも一緒。祖父から教えられけど、冗談だと思ってましたから。これらの事はこのガリアロス記をちゃんと載ってます。読んで勉強した方がいいですよ」
ヤーニャは分厚いガリアロス記Ⅱをロス王に手渡した。
「王様、この話、俺も実はついさっき知ったのです。だから、先祖の約束は別にどうでも構わないですが、でも、俺との約束は守ってもらわないと、もしかしてノースランド・ビンデの乱心とか言って、新たに歴史に残る、事件を起こすかもしれませんよ」
ビンデは言った。
「それなら、私に任せてもらおう」
後ろから声がしたので見ると、ウェス宰相が近づいて来た。その傍らにアムストロングとセンス大臣もいる。
「あなたは確か、宰相さん……」
「私たちが責任を持って、殿下の約束を果たします」
「そうしてくれるとありがたい」
「元々、国王が政治に口出ししていたから、良くなかったのです。国王は国の象徴として国民の心の支えであって、政治は我々が引き受ける。これが一番いい形ではないでしょうか?」
ウェス宰相の言葉にロス王が鼻に皺をよせ、無理に笑ってみせた。
「おおっ、やっぱりそうだ。ドラゴンてのは、呼び出した者の、その時の心情が影響するんだね。今日はすこぶるいう事を聞いてくれた」
セッツがドラゴンの鼻先を撫でながら、つぶやいた。
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