第28話 敵船の上で
アムストロングの元に報告が入った。
「ノースランド一家と捉えた不審な女の姿がまだ見つかりません」
「たった四人の行方も見つけられぬとは何をしている?」
アムストロングは苛立ちを隠さず、息巻いた。
「それより、ユアル・サリナスだ。砲撃を加えるとはどういうつもりか?」
センス大臣が言った。
そこへグルムングと仲間たちが現れた。
「グルムング、きさま、やはり裏切っていたのか?」
アムストロングが詰め寄った。
「いえ、ワタクシは使者でございます。ユアル・サリナスとこのまま戦争をするか、それとも、交渉をしに船に赴くか?もし、船に来るなら、王と王妃を連れて来るように、とのことです」
「なんじゃと?」
体を縛られ、椅子に座らされたロス王が声を上げる。
「だから、言ったのじゃ。そんな輩の手を借りるから、こんな目に遭うのだ」
「……敵地に乗り込むのは危険だ。どうだ?時間稼ぎをしては?」
センスが小声でアムストロングに囁く。
「因みにですが、キワルス港はすべてユアル・サリナスが占拠しておりますので」
グルムングは強かな笑みを浮かべて言った。
「分かった、日の出と共に其方に赴くと伝えてくれ」
「賢明でございます」
立ち去ろうとするグルムングに向け、アムストロングは言った。
「しかし、決して、国は渡さん。侮るなとも伝えろ」
地下から一階に姿を現したルーカスたち奴隷たちが忍び足に廊下を歩いて行くと、何もないところから突然、声が聞こえてきた。
「上手く抜け出したようだな」
驚くルーカスは持っていた小刀をそこへ向けて投げた。
小刀は壁に突き刺さり、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
突如、ビンデが姿を現した。
「おお、お主は」
驚くルーカス。
「はは、驚かせたようだ……上手く出られたな」
「それはそうと、これからどうする?」
「じゃあ、協力してくれるのか?」
「当然だ。恩は忘れん。それに我ら、サウズ・スバートに一泡吹かせんと気が済まん」
「よし、では、一気に王の間に攻め入ろう」
「大丈夫か?」
奴隷たちは皆、屈強な体をしているが十数人しかいない。一方、革命軍は少なく見積もっても数百人はいる。
「砲撃も止んだ今がチャンスだ。きっと奴らは油断している」
「どけぇっ」
掛け声と共に奴隷たち一団が、階段を登って来たことに見張りの兵士は完全に虚を突かれ、何も出来ずに突破を許してしまう。王の間へ通ずる通路に兵士は少なく、ルーカスたちが瞬く間に蹴散らしてしまった。
そして、王の間にドアを開けて、中に入ったビンデはまたしても指輪の光を照らして、その場にいた者たちの目くらましをする。
「ああッ……」
そこら中で叫び声が上がる。
「そこまでだ」
アムストロングが目を開けようとすると、目の前に大きな刃が付きつけられていた。
「……」
王の間にいた兵士たちもすべて、奴隷たちに掌握されてしまっていた。まさに電光石火の所業であった。
「おお、ルーカスよ。でかした」
ロス王が声を上げて喜ぶ。
「……王様。喜ぶのは早いよ」
ビンデがつぶやいた。
* * *
朝日が昇るのと同時に、港に向かって、一台の馬車がやって来た。
港に停泊したユアル・サリナスの戦艦から一隻のボートがやって来て、馬車から降りてきたロス王、ミターナ王妃、アムストロング軍隊長、そしてノースランド・ビンデを乗せた。
「すげえな、やっぱ」
巨大なガレオン戦を見上げて、ビンデが驚嘆の声を漏らす。
縄バシゴを使い、四人は船に乗り込むとユアル・サリナスの兵士が一斉に取り囲むのを、アムストロングが前へ出て、自己紹介をする。
「キサル・リヨン将軍ですね。私はアムストロング・リアード軍隊長です。そして、こちらがガリアロス国王殿下とミターナ王妃でございます」
後ろに立つ二人を振り返り言った。
ロス王は不機嫌に港の方を見ていて、ミターナは鍔の広い帽子を被り、俯いている。
「こちらは?」
キサルはビンデを指して言った。
「センス防衛大臣です」
「センスです」
ビンデが一礼した。
キサルはビンデを訝し気に見つめてから、ロス王の方を見た。
「総督のキサル・リアンだ。船団長のコロン・ドックス。早速だが、ロス王にお尋ねしたい。サウズ・スバートはユアル・サリナスに降伏したという事で、間違いないですね?」
「……」
ロス王はキサルを睨む。
「返答次第だと、生きてこの船から降りることは出来ませんよ」
一同を見回すキサルの視線に緊張が走る。しかし、
「答えはノーだ」
ビンデが代わりに答えた。
「……フッ、やはりな。貴様、何者だ?」
キサルの言葉に、兵士たちが槍の先を一同に突きつける。
「俺はノースランド・ビンデ。ただの魔法使い、ルーカスッ」
ビンデが叫ぶと、今まで姿を消していたルーカスが何もないところから突然、姿を現わした。と、同時に、周囲を取り囲んでいた兵士をその剣で一掃してしまった。
「なっ……」
キサルはまるで動けず、声ともつかない驚きの吐息を漏らした。そして、ルーカスが剣の先を喉元に突きつける。
「さあ、どうする?」
ビンデがキサルに微笑みかける。
「でかした、でかしたぞ。ノースランド」
ロス王が勢いを取り戻し、声を張り上げた。
「まあ、待って、動かないでください。危ないから」
前へ出ようとするロス王を制するビンデ。
「なっ……」
「サウズ・スバートの条件はただ一つ、今すぐ船を旋回させ、自分たちの国へ帰るんだ。そうすれば、今回の事は忘れてやる。国王様もそう言っている」
「……わ、分かった。そうしよう」
キサルは苦々しく頷いた。
「ノースランド、それでは余の気が済まん。捕らえて、処刑せねば……」
「国王様、我ら五人で、どうやって、この船団と戦うのですか?」
甲板に騒ぎを聞いて、他の兵士が駆けつけて、ビンデたちを取り囲んだ。
「下がれぇ」
ビンデは兵士たちに下がるように、大声で命じた。
「では、他の船にも撤退するように合図しろ。そして、完全に船が見えなくなったら、あんたらを解放しよう。いや、その前に武器をすべて、海へ投げ捨てるんだ」
「手ぬるいぞ、ノースランド」
ミターナが帽子を取ると、突然、近くに倒れた兵士から剣を奪い取り、キサルめがけて突進していった。
「あっ」
一瞬の隙が生まれ、キサルは突進してきたミターナの剣を躱し、背後に回ると首に腕を巻き付けた。
「フフフッ、お主、伝説の魔法使いか。なるほど、現代まで生きていたのか。魔法がこれほどまで厄介とはな。しかし、これで形勢逆転だ。このまま、力を込めれば、王妃の細い首はいとも容易く折れるぞ」
「チィッ……ったく」
ビンデは思わず、舌打ちする。
「助けるのじゃ、ノースランド」
ミターナが叫ぶ。
だが、ユアル・サリナスの屈強な兵士が瞬く間に一同に詰め寄る。
「どうする、ノースランドよ。王妃を犠牲にすれば、まだ反撃の糸口があるかもしれんぞ」
ルーカスが気合いを込めて、剣を握る。
「奴隷、何を申すか」
ミターナが髪を振り乱し、叫ぶ。
「……分かった。降参だ」
ビンデは手を挙げた。
「せっかく上手くやったのに誰かさんが余計な事をしたせいで、台無しよ……」
ビンデはミターナを見て、つぶやいた。
「お主が手ぬるいからじゃ」
ミターナが言い返す。
「魔法使い、その指輪だな?指輪を手渡してもらおうか?」
キサルがビンデの右手人差し指にある奇妙な形の指輪を顎で指し、手を差し出した。
「な、これはただの指輪だよ」
「男がそんな宝石の付いた指輪をするか。魔法のアイテムだろう?」
「偏見だよ、偏見。宝石好きな男もいるさ」
「おいっ、指輪を」
キサルは兵士に命じて、ビンデの指から指輪を奪い取った。
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