第27話 ユアル・サリナスの攻撃




 グララルン・ラードの東の沿岸、キワルス湾に停泊していたユアル・サリナスの巨大ガレオン船の戦艦三隻が王宮の上空に打ちあがった合図を確認すると、岸へ向かって動き始めた。



 ビンデはグルムングがなにやら企んでいる事を悟るが、それを察知したグルムングはいち早くその場を逃げてゆく。


「ルーカス」


 ビンデはルーカスを呼んだ。


「胸騒ぎがする。地下の仲間たちを解放しに行った方がいいかもしれない」


「ここは、どうする?」


「これがある」


 とビンデが指輪をかざすと、またしても眩い光が辺りを包み、兵士たちの視界を奪った。


「ノースランド、何をする」


 ロス王が目を押さえながら叫ぶ。


「今だ、行けっ」


「おうっ」


 ルーカスは目を庇いながら、敵を蹴散らし、下へと飛び降りる。


 ビンデは落ちていた剣をロス王へと手渡す。


「ご自分の身はご自分でお守りください」


「何じゃと?」


 その時であった。遠方から雷鳴のような轟音がしたかと思うと、突然、地響きが起こる。


「な、なんだ?」


 革命軍の兵士たちも予期してなかったらしく、動揺が走る。


「ほら、おいでなすった」


 ビンデが呟いた。



  *         *         *



 セッツが一階と二階の間に有る展示コーナーに向かう途中、石柱に縛られているリターを発見した。


「おや、おや、大丈夫かい?」


 リターは意識を失っており、声を掛けると目を覚ましたが、目の前にいるお面のような生気のない男の顔に悲鳴をあげた。


 セッツは構わずに、ロープを解いて、リターを自由にした。


「あ、ありがとうございます」


「いいの、いいの。それよりあんた、なんでこんなところにいるんだい?帰ったんじゃなかったのかい?」


 くぐもった声でセッツは聞いた。リターは当然、セッツとは気づかないので、怪訝な顔をして答える。


「えっ?いや、あの、変な人たちに無理やりこんな所に……」


「そうかい。災難だったね。では、気をつけて」


 先へ急ごうとしたセッツの足元を振動が走った。


「始まったようだね」


 セッツは滑るように通路を進んでいくと、展示品の所に人影がうごめいているのに出くわした。どうやら、展示物を盗み出しているようだ。


「正体を現したようだ。清掃員になんかになりすましたりしてさ」


 セッツは嘆かわしいとばかりに首を振った。


 幼なじみの老人、ハロルドンである。ハロルドンはショーケースを割って、中の魔法の杖を手に取った。


「こ、これだ。これこそ、あの日から、ずうっとあこがれていた魔法の杖。ついに手にしたぞ」


 ハロルドンは目を輝かせて、つぶやいた。


「混乱に乗じて、火事場泥棒かい?」


 声に振り返ったハロルドンは、背後に立つ妙な格好をした小さな男を見て、目を丸くした。


「なんだ、おめえは?」


「私さ」


 セッツはマントを翻すと元の姿に戻った。


「……セッツ?」


「やっぱり、狙っていたんだね、魔法の杖を」


「へへへっ、あの日、お前さんに見せてもらった魔法が忘れられなくて、ずっと手にするチャンスを待っていたんだ」


「あんたの口車に乗せられて、あたしゃ、とんでもないことをしてしまったよ」


 セッツは唇を尖らせた。


「でも、なんでこの杖がここにあるんだい?」


「俺の親父だよ。親父が杖を俺から奪い取り、それを上司に渡した。上司がその上司、更に上司へと、そして遂に先代国王の持ち物になった。それを知った俺はこの宮殿に勤める事にしたのさ。……長かった。こんな年寄りになるとはな。だが、こうして手に入れた。もう誰にも渡さんぞ」


「ワシのじゃよ。あんたが持っていても仕方がない。使えないだろう、魔法?」


「使えるさ。この日のために研究してきたんだ。それにワシの家系もかつては魔法一族だったんだ」


「へえー、初耳だ」


 ハロルドンは力強く杖を掴むと、その先をセッツに向けて振りかざした。


「消えちまいな」


「止めなっ」


 セッツが叫んだ次の瞬間、ハロルドンの体は後ろへ吹っ飛び、床を滑って、カベに後頭部をつけて止まった。電気を浴びたようのブルブルと体が震え、杖の先から「ポッ」と煙を出した。


 ハロルドンはガクリと意識を失う。


「言わんこっちゃないよ。素人が扱える代物じゃあないんだ、それは」


 セッツは倒れたハロルドンへ近づいて、その手から魔法の杖を取った。


「でも、最後に夢が叶ったんじゃないか。フフッ、よかったね」



  *        *        *



 第二弾が王宮の近くの街中に落ちると、町中の人間がパニックになり、市民が逃げまどう。


「ユアル・サリナスが攻めてきたのか?」


 視力が戻ったロス王が狼狽えながら、逃げ場を探している。


「バカな」


 アムストロングは目を瞬かせている。


「だから、言っただろう。奴等は信用できん。混乱に乗ずるのが一番簡単なんだ」


 ビンデの姿はなく、声だけがする。


「どうするつもりじゃ?」


 ロス王が誰ともなく聞いた。


「はあ?それはあんたが言うセリフか?」


 ビンデが呆れた。


「迎え撃つしかないだろう?」


「フン、兵は誰も国王には付いていかん」


 アムストロングが叫んだ。


「国が奪われてもか?国民が大勢死んでも兵士は国を護らないつもりか?何のための兵士だ?」


「降伏しろ、国王。それしか、道はない」


 アムストロングはロス王に詰め寄った。


「誰が降伏など、降伏するのはお前たちだ」


 ロス王は虚勢を張る。


「兵が動かなければ、敵を迎え撃つことも出来んぞ。王一人で何ができる?」


「魔法で、魔法でどうにかならんか?」


 ロス王はキョロキョロとビンデを探す。


「魔法はそこまで万能じゃない。今こそ、王の威厳を示す時ではないのか?」


「しかし、この状況では余の言葉も……」


「王家が滅びるなどあり得ない。どうにかいたすのじゃ、ノースランド。できたら、魔法の罪を許してつかわすぞ」


 ミターナが言った。


「国王よ、全面降伏しろ。そうすれば、戦わずに済むし、無駄な命が奪われずに済む」


 アムストロングの言葉に沈黙していたロス王であったが、クサル湖に砲弾が落ちて、大きな水しぶきを上げると渋々頷いた。


「お前もだ。出てこい?」


 アムストロングはビンデに呼びかけた。


「……」


 しかし、返事はなく、気配も消えていた。


「探せ。遠くには行ってないはずだ。曲者を探すんだ」


 アムストロングが兵士に命令する。


「イヤじゃ、わらわはイヤじゃ」


 兵士に両脇を抱えられて、駄々っ子のように泣き叫ぶミターナであった。



  *        *        *



 海上を走る戦艦の上から四発目の砲撃が放たれた。直後、上空に白い色をした花火が打ちあがった。


「降伏の花火であります」


 見張りの船員が叫んだ。すると、甲板の上の兵士たちから歓声が上がる。


「間もなく、沿岸に到着いたします。上陸準備に移ります」


 報告が入り、総督のキサル・リヨンは頷いた。


「長い航海もようやく実を結びますね」


 隣に立つ若い船団長コロン・ドックスが声を掛ける。


「まだだ。戦いに油断は禁物であることを忘れるな」


 歴戦の雄であるキサルは厳しい表情を崩さずに、真っ直ぐ海岸線を見つめる。


「すみません。相手は世界一の大国。油断はありませんが、しかし、こんなにもあっさりと計画が進んでいる事に気が緩んでいたようです」


「栄枯盛衰。特に現国王の無能ぶりのお陰であるな」


「はい。早くその国王の顔を見てみたいものです。まさか砲弾にやられてしまってはいないでしょうね」


「フッ。そういう輩ほど、生き延びているものよ」


 初めて、キサルが笑みを浮かべた。





 王宮内を革命軍の兵士が物々しく行き来している。


「いたか?」


「いえ」


「探せ」


 兵士たちが短く、言葉を交わし、すれ違う。


 その姿を中央廊下の天窓の上から覗き込むノースランド一家とリターであった。


「どうやら、上陸してくるようじゃの」


 セッツが指を丸くして、沿岸の方を見てつぶやいた。


「まったく、どうするつもりなんだ?あの兵隊長は国を売り飛ばすつもりか?」


 ビンデは胡坐をかいて、夜風に当たっている。


「あの……あなたたちは一体?」


「ほほっ、私たちはただの田舎者さ。ただちょっと、王家と因縁がある、ね」


 セッツが微笑んだ。


「本来なら、このまま逃げたいところだが、姉さんが言っていたことが気になる。母さんは知ってた?」


「父ちゃんが言っていたような……忘れたよ」


「間違いない。文献に乗ってたから」


 とヤーニャは頷く。


「いずれにせよ、サウズ・スバートは奪われる訳にはいかないってことだろ?俺はルーカスのところに行ってくるよ」


「ワシらは隙を見て、何とかしてみるよ。いざとなったら、あれを出すから」


 セッツはしわくちゃな笑みを浮かべた。


「リターさんはこの場から離れた方がいい」


 ビンデが言った。


「そうですね」


 リターは素直に頷いた。





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