第30話 危機が去ったはずの朝
翌朝、王宮の貴賓室で目を覚ましたビンデたち親子。美しい家具に装飾品などに自分たちがどこにいるのか一瞬、戸惑い、夢の続きだと目を疑うほどであった。
そこへアルフレドが現れ、昨夜の活躍を褒めたたえ、王の接見が許された事を知らせに来た。
「えっ?私も王様に接見できるのですか?」
朝食を席に呼んだリターがビンデの話を聞いて、驚きの声を上げた。
「本来の目的がラク酒の増税反対だったのに、俺もつい言いそびれてしまって、あなたが一緒に来てくれた方が、話が早い。どうですか?」
「勿論です」
リターは目を輝かせて、頷いた。
その日の昼前、ビンデたち親子とリターは帰り支度を済ませ、玉座の間へと通された。
「ウェス宰相の自宅を取り囲み、蟄居させました」
ヨ―サ内務大臣が報告に来る。
「ご苦労」
ロス王が頷く。
「これで、昨日の反乱者たちをすべて捕らえました」
兵士が報告しているところへ、玉座の間に通されたビンデたち親子とリターが姿を現した。
玉座に入るとビンデたちは、近衛兵の数と武装した物々しい雰囲気にたじろぐが、それも昨晩の事があったからと、納得させた。
四人は玉座に座るロス王とミターナ王妃の前に跪いた。
「面を上げよ。よう来たな、ノースランド家の者たちよ」
ロス王はすっかり威厳を取り戻し、玉座から四人を見下ろす。
「昨夜は大儀であった。その方たちの活躍によって、我が国はクーデターと他国の侵略、二つの窮地から救われた。改めて礼を申す」
ロス王は軽く頭を下げた。
「いえ、昨晩も言いましたが、あくまでも先祖からの言い伝えを守ったに過ぎません。それより、国王様が私と交わした約束を守っていただくことが何よりでございます」
ビンデは顔を上げ、ロス王を見ながら話すが、国王と王妃が自分に対し、満面の笑みを向けている事に、なぜか違和感を覚える。
「そのことに関してじゃがの。余はあの後、よーく考えての、考えを改めることにした」
「とおっしゃると?」
ロス王は右手を挙げると、部屋のいたる所から弓を引いた兵士が現れ、ビンデたちに狙いを定める。
「その方ら、魔法法第一条一行、如何なる者も現国で魔法を使うことを禁ずるという法に背いた事により、その身柄を拘束いたす」
王は立ち上がり、高らかに言い放った。傍らでミターナが扇子で顔を隠し笑っている。
向かってくる兵士たちに対し、ビンデたちは立ち上がり、指輪を前にかざした。
「王様、あなたも懲りないですねえ」
「うるさい。余は法にのっとり、正しいことをしておる。この国では如何なるものも魔法は使ってはならんのじゃ」
「しかし、その法はネス王が作り、特例として、ノースランド家に魔法を使うことを許しているんです。そのおかげで昨夜は国が救われたのではないですか?」
「フンッ、法は今朝、改正された。魔法使いは我が国では死刑に処するとな」
「そんな……」
リターが息を飲む。
「やはり、クーデターの邪魔はしない方がよかったみたいだ。あの王様とお妃様はどうしようもないわ」
ビンデがぼそりとつぶやいた。
近衛兵が近づいてくる。ビンデは指輪を向けるが、しかし反応はない。
セッツが魔法の杖を揮う。だが、何も起こらない。ヤーニャがマントを被るが、自分の姿が消えていない事を知る。
「フフフフッ、お前たちが寝ている間にすべて偽物にすり替えておいだのだ」
ロス王が高らかに笑った。
「本物はこっちよ」
ミターナが立ち上がると魔法の指輪を右手の薬指に嵌め、魔法の杖を手にし、マントを羽織っている。
「これで私も魔法使い。フフフ、覚悟しなさい」
ミターナは嬉しそうにタクトを振るマネをする。
「魔法使いは死刑じゃないの?」
ヤーニャがツッコむ。
「ミターナは我が妃、魔法使いではない」
「……ずいぶんと都合がいい」
「さあ、ノースランド家の者たちを捕えよ」
兵士がビンデたちを捕らえ、縄を掛ける。
「この人は関係ない。放してやってくれ」
ビンデは王に言ったが、無視されてリターも同様に縄を掛けられる。
「余に逆らったり、意見する者は容赦なく、処罰される。今宵の宴の中で、ノースランド家とクーデターを起こした者たち、奴隷の拳闘士、宰相のウェス・ドムスン、ラントアール……すべて処刑してくれる」
王が言葉にラントアールがビクリと体を震わせた。
「王妃さん、止めておきなさい。魔法は一朝一夕で使える物ではないよ」
セッツがミターナに向けて言った。
「知らぬのか?我が祖先はユースタリング家じゃぞ。遥か昔から、ガリアロス王家の魔法の指南役の家系だったのじゃ。いわば、魔法のエリート」
「あの事件を起こしたネス王の子息、ガリアロス・ダズも貴方の先祖が魔法を教えていたのよ」
ヤーニャが言った。
「口の減らない一家じゃ。これでも喰らえ」
ミターナがタクトを揮うと四人が衝撃を受け、後ろへと飛ばされた。
「ど、どううじゃ、見たかぁ」
ミターナは、自分でも信じられないと言った風に驚き興奮している。
「大丈夫か?」
ビンデは三人を振り返ると三人は各々に頷いた。
「さあ、この者たちを連れていけ」
ロス王が言ったその時であった。玉座の間のドアが開き、子供のシルエットが姿を現わした。
「トランポリン……」
セッツが呟いた。
「見張りは何をしている?いったいどうやって入ってきた?」
近衛兵の一人がトランポリンに近づいていくと、彼女は徐に細長い木の棒を取り出し、それを揮った。すると兵士は突然、後方に大きく吹き飛ばされる。
トランポリンの指には、赤い宝石が付いた指輪が嵌められている。
「何奴?」
近衛兵がトランポリンの周りに集まる。
「昨日は参ったわ。ユアル・サリナスのせいで、とんだ邪魔が入ってしまって。でも、可笑しい。こっちにも魔法使いがいたなんてね。しかも、それがご先祖様の仇なんて偶然」
少女だったはずのトランポリンが、すえっからしの可愛げのない大人の顔に変わっていた。
「何を言っておる?娘?」
ロス王が顔をしかめて聞いた。
「話せば長いけど、端的に言うとね、この国をいただくってこと。そして、私がこの国の新しい王となる、ってこと」
「なんだと?」
ロス王が聞き返した。
「私の名はガリアロス・ハス。私のご先祖はガリアロス・ダズ。つまり、あなたとは親類関係にあるの。サウズ・スバートの正統継承者の血筋よ」
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