第23話 ガンツの劇





 宮殿内に入った馬車と謎の一団は、中庭を横切り、正門に近づいた木立の死角で止まった。 


「どうした?」 


 ついていた兵士が不審に思い振り返ろうとすると、グルムングが素早く兵士の口をふさぎ、刃物を首筋に当てて一気に横へ引いた。声も上げず、血吹雪を上げて倒れた兵士を木立の中に引きずっていく。 


 最後尾についていたリターは、前方から只ならぬ雰囲気を感じ取り、木の陰に身を隠す。 


「手筈通り、このまま王の間へ向かうぞ」 


 グルムングが後ろに向かって鋭く言った。 


 一団は野菜の中に隠してあった武器を取り出し、闇に紛れて駆けだしていく。 


 リターは木蔭から姿を現し、暫く暗闇を見つめていたが、意を決したように一団の後を追いはじめた。 



  *       *       *



 オーケストラの奏でる音が緊迫感を演出し、舞台上ではガンツがうろうろと歩き回っていた。 


「おのれ、ネス。この私を軽く見おって。必ずや目にもの見せてくれる。我は大戦士ガンツ様であるぞ」 


 するとガンツは舞台中央で立ち止まって、大きく頷く。 


「いいことを思いついた。これなら誰が来ようが負けはせん」 


 ガンツは背景の白い布に筆を使い、赤い丸い円を描き始めた。更にその中に正三角形を上下に重ねて描く。 


「ドラゴンだ。ドラゴンの怒りによって、ネス王ともども都を火の海にしてくれる。いでよ、ドラゴン。ドラゴンーン」 


 ガンツが叫ぶ。 


「あれじゃあ、ドラゴンは出てこんよ」 


 セッツがぼそりとつぶやく。 


「シッ」 


 ヤーニャが指を顔の前に立てる。 


 観覧席から見つめる戯曲家のパミンは指を噛み、貧乏ゆすりをしながら、舞台を見つめている。 


 舞台が暗転して、音楽がより一層おどろおどろしく緊迫感を増していくと、舞台上の一ヵ所が急に明るくなった。 


 舞台を逃げまどう十数人の役者たち。背景は赤く染まり、悲鳴をあげ、泣き叫ぶ子供もいる。 


 すると舞台の右袖から、もこもことした、緑色の布の中に綿を詰めて、頭に角を付けた巨大な芋虫のような物体が、ゆっくりと舞台の中央へ向かって歩いてゆく。 


「あれがドラゴンかい?」 


 セッツが目を丸くする。 


「シッ」 


 ヤーニャが再び、指を立てた。 


「おお、やるではないか。パミン」 


 ミターナは目を輝かせて、舞台を見入る。 


 その芋虫みたいなドラゴンには二人の役者が入り、前足と口元を担当する者と、後ろ足と尻尾を担当する者に分かれている。それがまったく息があっておらず、体半分ぐらいの所でバラバラに動いているのだが、ドラゴンを見たことのない観客なので、物語に引き込まれている。 


 逃げまどう役者たちは、迫真の恐怖を演じる。 


 口から火を吹き(赤く染めてある布)、それに当たった者は舞台の上に倒れていき、あっという間に全員が倒れた。そこへガンツが高らかに笑いながら現れた。 


「よく見たか。我の力を。このまま、王宮へ乗り込んでくれようぞ」 


 またしても舞台は暗転して、語べが入る。 


 オーケストラがクライマックスに向け、激しい音を奏でる。 


 ビンデが目を閉じ、頭を揺らしている。 


「……しかし、王宮でガンツを待っていたのは、再び聖剣を手に取ったガリアロス・ネス王とかつての仲間の騎士、九人でした。彼らの力の前にガンツは所詮、蟻と象ほどの力の差があったのです」 


 舞台が明るくなり、芋虫のようなドラゴンはネス王の刃に倒れ、ガンツは騎士たちに取り囲まれた。 


「瞬く間にドラゴンは倒され、ガンツはかつての仲間たち捕らえられるのでした。こうして、ノースランド・ガンツの狂乱は偉大な王、ネス王により沈められたのです」 


 ガンツがうな垂れながら、連れられていき、舞台が暗転する。 


 観客たちの間から拍手が起こる。 


「後日、ガンツの処分が決まりました。ネス王は寛大にもガンツを処刑せずに、都を追放するに留め、ノースランド・ガンツはデートライン近くの山中で、惨めなその生涯を終えるのでした」 


 オーケストラは終曲を奏で始め、エンディングを向かえる舞台が暗くなり、語べにスポットが当たる。 


「……この悲劇によって、多くの市民が犠牲になり、家屋の倒壊し、グララルン・ラードは壊滅に近い打撃を負いました。更に事態を重く見たネス王は、全国民に対し、魔法を使うことを強く禁止するのでした。それにより、我ら現代人は魔法を使うことが出来なくなり、大きな負担を負って生きて行かなくてはならなくなったのは周知の事実です。それもこれもすべて、ノースランド・ガンツという愚かな一人の男が存在したからです……今から三百年前の現実に起きたお話でございました」 


 語りべが舞台の中央に立ち、観客たちに一礼すると観客は立ち上がり、更に大きな拍手が沸き起こる。 


 拍手の音で、ビンデがハッと目を覚ました。 


 パミンは立ち上がり、涙を流し、拍手を舞台上の役者たちに送り、何度も頷く。そのパミンに向けても、観客たちが拍手を送る。 


 そんな中、ビンデは目を擦り、欠伸をし、セッツは苦虫を噛み潰したような顔をして、ヤーニャは俯いていた。 


 舞台上では役者たちが観客に対し、何度もお辞儀をしている。ロス王、ミターナ王妃も立ち上がり、役者たちを称えるように拍手を送る。 


 やがて拍手が収まり、ロス王が話し始めた。 


「いや、素晴らしい劇であった。この短い間によくここまでの演劇をしあげたものだ。パミンと役者たちに改めて、賛辞を呈したい」 


 ロス王の言葉に、観客たちから再び拍手が巻き起こる。 


 パミンは涙を流し、ロス王に向かってお辞儀をしたが、緊張の糸が切れたのか、突然、前のめりにバタリと倒れた。 


「いかがであった?ノースランド家の者たちよ、先祖の劇の感想は?」 


 ロス王がビンデ親子を見下ろして尋ねた。 


「……いや、ほんとあんな凄い劇を見せてもらえて光栄です。都に来たかいがございました。ありがとうございました」 


 ビンデは軽く頭を下げた。それに対して、ミターナが眉根をピクリと動かす。 


「三百年前の事とは言え、先祖の悪行に対して思うことも有るのではないのか?」 


「あっ……はい。そうですね……ガンツの話はあくまでも言い伝えです。長い年月で、話は歪曲して変わっていくと聞いたことがあります。現実がどうだったかは分からないと思っています。物語としては面白いですが」 


 ビンデはサラリと言った。 


「ん?では、ガンツの所業、今のこの劇は丸ごと嘘であると申すのか?」 


 ロス王は寛大さを保ちつつ、ビンデの言動に苛立ちを感じ始めていた。 


「いえ、まるで嘘とは思っておりません。しかし、三百年も経っているので、事実ばかりとも思えません。それに私はそのどちらでも構わないと考えてます。遥か大昔の出来事ですから、調べようがありませんし」 


「な、なんと」 


「よいですか?」 


 ミターナが堪りかねて、王に向け発言の許しを得た。 


「う、うむ」 


 ロス王は虚を突かれたが、思わず頷く。 


「ではその方はガンツによって、我らの魔法が使えなくなったことに、祖先として何の責任も感じないと申すのだな?」 


「えっ?魔法ですか?……そうですね」 


 ビンデの言葉に来賓はおろか、そこにいた従者たちも目を丸くして息を飲む。 


「感じてないと申すか?」 


「はい」 


「其方は阿呆か?自分の言っている事が分かっているのか?」 


「……ええ、はい。ガンツは確かに多くの罪を犯したかもしれません。しかし、その罪は三百年前に刑が執行され、償ったことになっています。それに責任、と言われても子孫である私に何の責任があるのか?それに魔法を禁止したのはネス王ですし、それもガンツのせいばかりでは無く、他にも魔法を使った事件が数多くあり、ネス王は国の治安を守るために魔法を禁止にした方がよいという決断を下したと、昔、祖父から聞かされたことがあります」 


 会場がすっかり静まり返っていた。 

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