第24話 宴の絶頂




「今日はやけに静かだな?」 


 王の間へ続く階段に立つ見張りの兵が上を見て呟いた。 


「ああ、ほんつ……」 


 隣の兵士が言い終わる前に、何かが飛んできて、その喉元に突き刺さり、倒れる。 


「なっ……」 


 驚いたもう一人の兵士が同僚の方に近づこうとした瞬間、闇の中から黒い影が現れると兵士の首元に短剣を突き入れた。 


 兵士が床に倒れると数人の黒影が現れて、引きずって死体を隠す。 


 合図を送ると武器を手にした黒装束の一団がぞろぞろと現れて階段を登っていく。兵士の恰好をした二人が見張りとして立つ。 


  


「もう一度聞く。先祖のガンツの罪を子孫として謝罪するつもりはないのじゃな?」 


 ミターナが念を押した。 


「ございません」 


 ビンデは丁寧に頭を下げた。会場からざわめきが起こる。 


「ビンデ、謝った方がいいんじゃないかい?」 


 セッツが周囲の反応を見て、息子に言った。 


「母さん。身に覚えのない事で謝ることは出来ないよ」 


 ビンデは珍しく真面目に答えた。 


 すると憲兵たちがビンデの元へと駆け付けより、三人を取り囲んで槍を突きつける。 


 だが、ロス王は手を挙げて、待つように合図を送った。 


「確かにお主の言っていることは一部、的を得ている。しかし、我が国では先祖を敬う気持ちが無き者は人に非ず、という言葉もある。そのことについてはどうじゃ?」 


「先程も言いましたが、ガンツが本当に大罪人なのでしょうか?我が家ではガンツは英雄として語り継がれております。よって、私はその意味もあって謝罪は致しません」 


「ほう、筋が通っておる」 


「お待ちください」 


 その時、ミターナが微笑みを湛えながら割って入った。 


「確かにノースランド・ガンツの事は今更、調べようがございませんが、ノースランド家の現在の悪行は調べてございます」 


「ほう、いったいどんなことをしたのじゃ、この男は?」 


「この一家は大罪人です。この者たちがいかに犯罪者であるかを証言する者を用意しております」 


 ミターナが合図を送ると、舞台の上に二人の男が姿を現した。その一人を見て、ビンデは鼻白んだ。 


「この者たちは私がノースランド家のことを調べるために雇った者たちでございます。この者たちの証言をお聞き下さい」 


「構わぬ、話せ」 


 ロス王に促され、先に立つ記者は頷いた。勿論、男はビンデたちに取材をした記者である。 


「はい。私はお妃さまに依頼され、わざわざナターシャまで行って、町の人間にも話を聞いてきました。まず、耳を疑ったのはこのノースランド・ビンデという男はまともな職に就いていないという事です。はっきりとした職業がなく、その日暮らしをして生きていることが分かりました」 


「ほう、それでよく生きていけるな?」 


 ロス王は目を見張る。 


「はい。彼は旅人たちの困りごとに付け込んでは金をセビっているようです」 


「セビって、って言葉がよくないな」 


 ビンデが呟いた。 


「それと彼はどうやら密輸をしているようです」 


「密輸とな?」 


「はい。エントラントから泡の出る水を持ってきて、それを彼のなじみの酒場で売っているのです」 


「アワの出る水?そんな物をエントラントからわざわざ持ってきて、いったい何をするつもりじゃ?」 


「驚きましたが、なんとそれをラク酒の中に混ぜて売っているのです」 


 来賓たちからざわめきが起こる。 


「まことか?」 


「間違いありません。酒場の亭主が認めました」 


「密輸、これは罪ではありませんか?」 


 ミターナが言った。 


「確かに。ノースランド・ビンデ、なにか申し開きはあるか?」 


 ロス王が聞いた。 


「エントラントから持ってきた水を売っているのは事実です。しかし、それが密輸であるとは思っておりません。エントラントとは自由に貿易している訳だし、税金もちゃんと納めています」 


「しかし、それは決められた品だけに限られるという但し書きがある。泡の出る水は含まれておりません」 


 記者が言った。 


「いや、水は貿易の対象になっている。問題はない」 


 ビンデが声を張り上げる。 


「泡の出る水がはたして水と同じ扱いでよろしいのでしょうか?」 


「うむ。これは吟味せねばならんな……」 


 ロス王は顎に手を当て、つぶやく。 


「それだけではございません。このノースランド・ビンデという男、酒場でよく、国政への批判をしています。グララルン・ラードにくる数日前も憲兵に捕まっていました。つまり、この男はいろいろと問題がある国民であることがハッキリしています」 


「……」 


 ビンデは顔に手をやってうな垂れる。 


「どうじゃ?申し開きはあるか?」 


「……いや、それは酔った勢いで言ったことでして、はい。でも、あながち間違いではないと思ってはいます」 


 ビンデは小声で話す。 


「なるほど、よくわかった。お主が大罪人ノースランド・ガンツの血を受け継ぐ者という事が」 


「殿下、まだこんなものではございません」 


 ミターナは微笑んだ。 


「まだなにかあるのか?」 


「もうひとりの者の話を聞いてください」 


 もう一人とはビンデたち親子を見張っていた兵士であった。 


「申し上げます。この一家が魔法を使っているのを私は見ました」 


 兵士の言葉に、会場からどよめきが起こる。 


 ビンデたち親子も思わず、お互いの顔を見合わせた。 


「ま、誠か?」 


 ロス王は声を張り上げた。 


「本当でございます。そこの老婆、母親が魔法を使い、王宮を移動しているのをこの目ではっきりと見ました」 


 兵士がセッツを指さす。 


「……母さん」 


 ビンデとヤーニャは同時に母を見た。 


「おや、見られていたみたいだね」 


 セッツは首を竦めた。 


 憲兵の槍がビンデたち親子の間近に迫る。 


「では、このまま、この者たちの処分をいたすとしよう。どうだ?罪を認めるか?それとも何か申し開きする事はあるか?」 


「どうしようか?認める?」 


 ビンデが小声で聞く。 


「認めたら、死刑だろう?あたしゃ、やだね」 


「母さんが魔法を使うから、こんなことになってるんでだよ」 


 ヤーニャがつぶやく。 


「どうやら、何もないようじゃな。では、その方たちの罪を言い渡す。魔法使用罪により死刑に処する。引ったてい」 


 ロス王の指図を送ると、憲兵たちが三人に詰め寄って拘束する。 


「痛い、逃げないから。逃げようがないから」 


 セッツが声を上げる。 


 ヤーニャは無言で縄を受ける。 


 貴賓席からどよめきと歓声が入り混じった声が上がる。 


「待ってください」 


 縄を巻かれたビンデが必死に訴える。 


「なんじゃ?申してみよ」 


「あまりに一方的すぎるのではないですか?これでは私たちの反論する材料はなさすぎる。それで死刑なんて……」 


「余の裁定が気に入らないと申すのか?」 


「そうではございません。せめて、こちらの言い分を聞いてください」 


「聞こう」 


「ビンデッ」 


「魔法が使えるわけないじゃないですか」 


「なんだと?嘘をつくな」 


 見張りについていた兵士が声を荒げる。 


「かと言って、見たという人がいる。これを覆すことは僕には出来そうにないので、死刑は受け入れます。しかし、私一人の処刑で許してもらえないでしょうか?」 


「ビンデ……」 


 セッツとヤーニャがビンデを見つめる。 


「何を申しておる?そんなことが通ると思っているのか?」 


 ミターナが目くじらを立てて、声を上げる。 


「魔法を使ったのが、母というなら、子供たち二人は魔法を使った訳ではありません。しかし、それでも死刑にするなら、年老いた母ではなく、私が一家を代表して、罰を受けましょう。我がノースランド家、もはや我らしか血縁者がおりません。どうせ絶え行く一族です。せめて、王様の恩赦を頂きたく、願います」 


 ビンデはかしずいた。 


「その方ひとりが罪を受け入れると申すか?……よかろう。酒席で親子三人の処刑を見せるのも悪趣味。お主ひとりの血で許してつかわそう」 


 会場がどよめいた。 


「殿下ッ」 


 ミターナが悲鳴にも似た声を上げた。 


「ただし、母と娘は、処刑はせんが一生、投獄の刑に処するとする。それでいいか?」 


「はい」 


 ミターナは頷いた。 


 ビンデが連れていかれようとしていた。 


「ビンデ、ごめんね」  


 セッツが皺だらけの顔を見上げた。 


「母さん。心配ないから」 


 ビンデは縛られた右手を母親に向かって見せた。そこには例の指輪が光っている。 


 隣にいる憲兵が指輪を見つめていた。 


 ビンデは舞台上へ連れていかれる。 


 すると、ミターナは後ろを振り返り、従者を呼んだ。 


「ルーカス・アリバスは来ているな?」 


「ハッ」 


 従者は頷いた。 


「殿下、その処刑、ルーカスにやらせてはどうでしょうか?」 


 ミターナがロス王に妖しく微笑んだ。 


「お主、まだ何か、用意しているようじゃな」 


「はい」 


 突如、闘技場の入口が開き、ルーカスが姿を現したことに、貴賓席からざわめきが起こる。 


 その時、隣にいた兵士がビンデの右手から指から指輪を抜き取ろうとする。 


「ちょ、何をする……」 


「うるさい、犯罪者」 


「お前だろ」 


 兵士はもがくビンデの横腹を殴り、怯んだところを素早く指輪を抜き取った。 


 ルーカスは舞台の上に上がり、ビンデの横に立って、玉座を見上げて一礼した。 


「ルーカス。お主は見事、百勝して、自由の身になった。その方のような勇者をわらわは尊敬する。嘘ではないぞ」 


 ロス王が言った。 


「もったい無いお言葉です」 


 ルーカスは頭を下げ、礼を言う。 


「自由になる前に一つ、わらわの頼みを聞いてはくれぬか?」 


「なんでしょう?」 


「その隣に立つ男は大罪人でな。たった今、処刑する事に決まった。その刑の執行をお主に頼みたい」 


「わたくしに?処刑を?何故ですか?」 


 ルーカスは王を見つけた。 


「なに、ただの余興じゃ。その者の首をお主が斬り落とすところを見たいのじゃ」 


「けえせ、おめえ」 


 ビンデは後ろに立つ指輪を盗んだ兵士を見てもがく。しかし、他の兵士も手伝って、両腕を押さえ、跪かせる。目の前にルーカスの逞しい太ももが目に入る。 


 ルーカスには鋭く長い剣が手渡される。 


 舞台の上が煌々と明かりに照らされ、観客たちが目を光らせ、ルーカスの巨体とビンデの情けない姿を見ている。 


 ビンデは首を前に差し出すような恰好をさせられる。 


「さあ、お主の剣のさえを」 


 ミターナの声が響く。 


 ビンデは跪き、緊張した面持ちでルーカスの逞しい身体を見上げた。 


 セッツが固唾を飲んでその様子を見ている。  


「やれぇ」 


 来賓から声が上がる。 


「ノースランド・ビンデよ。処刑の前に一つ聞きたい」 


 ミターナが徐に言った。 


「その方、このルーカスという男を存じておるか?」 


「えっ?まあ、話には……」 


 ビンデは肩を両側から押さえられながら、首を前に持っていかれながら答える。 


「会ったことはないのか?」 


「ありません」 


「ルーカス、お前はどうじゃ?」 


「……」 


「会ったことがあるのじゃな?お主の傷が一夜にして、回復したのはこのノースランドの仕業ではないのか?」 


「おおっ」 


 ロス王が意外な展開に目を輝かせる。 


「どうじゃ?」 


「……いいえ」 


「ビンデ、その方はどうじゃ?このルーカスに魔法をかけて、傷を治してやったのではないのか?」 


「私は魔法を使えません、それにどうして、地下にいるこの奴隷と会うことが出来ましょうか?あっ」 


「今、地下にいると申したな。なぜ、それを知っている?」 


「……それは、やはり奴隷は地下にいるという固定概念でして」 


「見え透いた嘘で誤魔化すでない。これで心おきなく、処刑が出来ると言うものだ。殿下、処刑の合図を」 


「うむ、実に面白い。流石だな」 


 ロス王はニンマリとほほ笑んで、舞台に合図を送る。 


 鋭い眼光でビンデを見下ろすルーカス。 


 ビンデは生唾をゴクリと飲み込んだ。 


「ビンデ、あなた指輪をどうしたの?」 


 そのとき、耳元で囁くヤーニャの声が聞こえた。 


「ねっ、ねえさん、右の兵士に取られた」 


「分かった」 


 と気配が遠ざかるのが分かる。 


「ちょ、ちょっと……」 


「さあ、どうした?剣を振り下ろし、見事、その者の首を刎ねてみろ。でなければ、あらぬ疑いがお主に掛かり、折角の自由が消えて無くなるぞ」 


 ロス王の言葉にルーカスは剣を振り上げる。 


「ねえさん、指輪じゃなく、別の方法で……」 


 ビンデは必死に訴えるが反応はない。 


「さあ」 


 ルーカスは徐に剣を投げ捨てた。 


「どうした?」 


 ロス王が驚き、尋ねる。 


「出来ない」 


「何だと?」 


「私には、彼を処刑することはできない」 


 ルーカスは王の方を見た。 


「話が違うぞサウズ・スバートの国王よ。百勝したら自由の身ではないのか。ならばもう私は自由の身。もはや奴隷でもなければ、あなたの命令を聞く必要もない。即刻、この場から解放してもらおう」 


 ロス王は眉間に皺をよせ、憎々しい顔をした。 


「言っただろう?その方には魔法で治療を受けた嫌疑が掛かっている。つまり、インチキをしたと同義。百勝目は取り消しじゃ」 


「フッ、やはり、自由にするつもりなど、端からなかったのだな」 


 ルーカスは素早く、剣を拾い、ビンデを押さえつける兵士二人を瞬く間に倒した。 


「それにあんたは命の恩人だ。恩人に手を出す事はムン族の戦士として最大の恥」 


 ルーカスはビンデに手を貸し、立ち上がらせた。 


「へっ」 


「おのれ、反乱者じゃ。即刻、その者どもをひっとらえよ」 


 ロス王が手を挙げると同時であった。 


 突如、王の間に黒い一団が侵入してきて近衛兵を次々と倒し、王の元へと向かう。振り返ったロス王の目の前に刃が付きつけられた。 

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